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イブン・シーナー Ibn Sīnā

世界大百科事典 第2版の解説

イブン・シーナー【Ibn Sīnā】

980‐1038
ラテン名はアビセンナAvicenna。アビケンナとも呼ぶ。イスラム哲学者,医学者。ブハラ近郊に生まれ,ハマダーンで没した。幼少のころから天才を発揮し,18歳の時には形而上学以外の全学問分野に精通し,医師としても名声が高まった。やがてアリストテレスの形而上学研究に手を染め,ついに独自の存在の形而上学を完成した。彼の父がイスマーイール派の同調者であったため,彼自身もこの運動に共感をもっていた。多くの諸侯の知遇を得たが,若年の天才に対する世間の嫉妬やイスマーイール派との関係のため,時に王侯の宮廷で高位を得ることもあったが,絶えず身の危険を感じながら放浪の生涯を送った。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のイブン・シーナーの言及

【アラビア医学】より

…該博な知識を傾け,ギリシア,インド,アラブの諸家の説に自己の臨床経験をも加えた病理,治療に関する大著《包含の書》は彼の没後,編集され23巻の大著となった。イブン・シーナー(ラテン名アビセンナ)は中央アジアのブハラ近郊で生まれ,流離の生活を送ったのち,1038年にイランのハマダーンで没。希世の大学者として業績が多く,ことにその《医学典範》は12世紀にラテン語に訳され,ヨーロッパ各大学でも数世紀にわたり,医学の典範として尊重された。…

【アラビア科学】より

…この時代には東はバグダード,ブハラ,ガズナ,西はコルドバ,南はカイロを中心に,アラビア科学が全イスラム的規模で百花繚乱と咲き乱れる黄金時代がつくられた。この絶頂期の科学は,ビールーニーイブン・シーナーイブン・アルハイサムによって代表させることができよう。この3人はそれぞれ異なった意味でアラビア科学の最高をきわめた。…

【医学典範】より

…11世紀に成立したイブン・シーナーの主著でイスラム医学の最高権威書。グルガーンやハマダーン等イラン各地の宮廷で典医として活躍した著者が公務の合間に,弟子のジューズジャーニーJūzjānīらとまとめた教科書的典範。…

【イスラム哲学】より

…このためスンナ派の神学者は,哲学に対し激しく攻撃を加えるようになる。ファーラービーに次いで現れたイブン・シーナーは,アリストテレスの哲学的研究から出発して独自の存在論を確立し,後世のイスラム哲学に絶大な影響を与えた。彼の著作の大部分はラテン語訳され,中世ヨーロッパのスコラ哲学に深い影響を与えている。…

【解剖学】より

…その間,ギリシア,ローマの医学はアラビア人にひきつがれて命脈を保っていた。イブン・シーナー(アビセンナ)は《医学典範》を著し,ギリシア,ローマ医学の伝統をもつアラビア医学を集大成している。 地中海を経てアラビア文明がトレド,シチリア島,ベネチアなどからヨーロッパに流入するようになるのは11~12世紀ころからである。…

【コーヒー】より

…ブンbunnは,コーヒーノキとその種実の原始名で,ブンカムはその生豆を乾燥し,いらずに砕いて煮出した麦わら色の液体であった。アラブ世界でそれが飲用されはじめたのは11世紀に入ってからで,哲学者,医学者として著名なアビセンナ(イブン・シーナー)は,具体的な飲用法を書きのこしている。その後2世紀ほど生豆による飲用が続いていたが,13世紀半ばころになって,豆をいって煮出すようになり,色は黒く,苦みはあるが香りの高いものに一変した。…

【自然誌】より

…これは中世においても知識の源泉として広く普及した。イスラム圏では,10世紀末に〈純潔兄弟団(イフワーン・アッサファー)〉と呼ばれる秘密結社の知識人集団が自然誌《純潔兄弟の学(ラサーイル・イフワーン・アッサファー)》を著したが,さらに膨大で影響力の大きかったのは11世紀のイブン・シーナーで,彼の自然誌は《治癒の書》と題された18巻の大著である。12世紀以後ヨーロッパでも自然誌への関心が高まり,プリニウスの抜粋本が多くつくられたほか,13世紀に入ってバーソロミューBartholomewの《事物の特性について》,ザクセンのアルノルトArnold von Sachsenの《自然の限界について》,カンタンプレのトマThomas de Cantimpréの《自然について》,バンサン・ド・ボーベの《自然の鏡》,アルベルトゥス・マグヌスの《被造物大全》など多くの自然誌を生んだ。…

【人相学】より

… 占星術を好んだ神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の寵を受けたM.スコットの《人相論》,三次方程式の解法で知られるG.カルダーノの《占星術的人相学》,教皇アレクサンデル6世に破門されて焚刑に処せられたG.サボナローラの伯父M.サボナローラが著した《人相学》など,いずれも占星術による人相学である。他方,11世紀のアラビア科学を代表するイブン・シーナーの《動物の諸本性》は,霊魂と動物の形態とを目的論的に説明して神の摂理を説き,これに触発されたアルベルトゥス・マグヌスは《動物について》の中で人相学を論じている。 そしてルネサンス期にはアリストテレスの作と信じられていた《人相学》が人文主義者たちに広く読まれて,動物類推の人相学も流行していった。…

【錬金術】より

…なかでも〈精〉,つまりすべてをつらぬき不完全なものを完全化する霊妙な物質の探究は,〈エリクシルelixir(錬金薬)〉(アラビア語al‐iksīrに由来し,英語読みではエリキサー)作り,すなわち金属の粗悪さを治すとともに,人間の病気をも治す特異な薬剤の探究に向かった。 さらに10~13世紀にかけて,イブン・シーナー(ラテン名アビセンナ),イラーキーal‐‘Irāqīなど,医化学に興味をもつすぐれた哲学者たちがたくさん輩出した。〈精〉について記述した《エメラルド碑板》という作者不明の短い文書も見逃すわけにはいかない。…

※「イブン・シーナー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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