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イル・ハーン国 イルハーンこくĪl Khān

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世界大百科事典 第2版の解説

イルハーンこく【イル・ハーン国 Īl Khān】

チンギス・ハーンの孫フレグ・ハーンが,イランの暗殺者教団イスマーイール派バグダードアッバース朝を倒して建国したモンゴル王朝。1260‐1353年。ササン朝の旧領に匹敵するイランの地を領有し,初めタブリーズ,後にスルターニーヤSulṭānīyaに都した。初代フレグ以下歴代のイル・ハーン(トルコ語で〈国の王〉の意)は元朝の宗主権を認めて友好関係を維持しつつ,辺境に侵攻するキプチャク・ハーン国チャガタイ・ハーン国の軍隊と対決し,片や,シリアをめぐるマムルーク朝との争いに際しては,キリスト教国やローマ教皇と結んで対処した。

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世界大百科事典内のイル・ハーン国の言及

【イクター】より

…ザンギー朝(1127‐1222)をはじめとして各地に成立したアター・ベク政権はその典型である。セルジューク朝の分裂後,イラン・イラクを支配したイル・ハーン国(1258‐1353)は,国庫の欠乏を補うためにモンゴル軍人に対し王室領や遊牧地をイクターとして分与した。14世紀以降のイランではソユールガールの授与が一般化し,サファビー朝(1501‐1736)時代になると,これに加えてトゥユールが授与されるようになった。…

【イスラム美術】より

…イベリア半島では,ナスル朝(1230‐1492)下のグラナダで後期イスラムの宮殿建築を代表するアルハンブラ宮殿(13~14世紀)が造営されている。 イランでは,垂直性の強調,セルジューク朝時代に始まる二重殻ドームの発展,さらに,煉瓦やしっくいに代わる彩釉タイルによる装飾美の徹底した追求などの特質が,イル・ハーン国(1258‐1353)およびティムール朝(1370‐1507)時代の,壮大なスルターニーヤのウルジャーイートゥー・ハーンの墓廟(14世紀初期),壮麗なマシュハドのゴウハルシャード・モスク(1419),サマルカンドのビービー・ハーヌム・モスク(1399着工),グール・アミール廟(15世紀)などに認められる。さらに,イラン文化の爛熟期サファビー朝(1501‐1736)にいたり,イランのイスラム建築は技術的にも装飾的にも完成の域に近づく。…

【貨幣】より

…アイユーブ朝(1169‐1250)は,中央アジアとヨーロッパの銀によりディルハム銀貨を鋳造し,金貨の供給減を補った。13世紀の中ごろ以降,アナトリア東部からペルシアまでを支配したモンゴルのイル・ハーン国も金貨よりも銀貨を本位貨幣とした。イル・ハーン国(1258‐1353)は貨幣単位も新しくし,銀ディーナールという単位を使用するようになった。…

※「イル・ハーン国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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