コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ウラジーミル・モノマフ Vladimir Monomakh

1件 の用語解説(ウラジーミル・モノマフの意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

ウラジーミル・モノマフ【Vladimir Monomakh】

1053‐1125
ロシアキエフ大公。在位1113‐25年。フセボロド・ヤロスラビチとビザンティン皇帝コンスタンティノス9世モノマコスの娘イレネとの間に生まれたためモノマフと呼ばれた。ポロベツ人との戦いで有名になり,キエフ・ロシアの分裂化が進行する中で,たびたび開催された諸公会議で中心的役割を演じた。1113年キエフに民衆暴動が発生したため,民会(ベーチェ)に請われて大公となり,暴動を鎮圧,〈利子に関する法令〉と〈ザークプに関する法令〉を発布し,高利貸の利子の制限とザークプ(債務奴隷的農民)の地位の改善を図った。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のウラジーミル・モノマフの言及

【キエフ・ロシア】より

…その後,12世紀初頭にかけて繰返し開かれた諸公会議においても,諸公国(分領公国)の自立傾向は変わらず,協力よりもむしろ相互対立の確認に終始し,大公権下のキエフ・ロシアの統一はいっそう名目化していった。 12世紀初めの最後の英主ウラジーミル・モノマフ大公(在位1113‐25)は,地域住民を苦しめていたポロベツ人への反撃を大義名分として,足並みのそろわぬ一族諸公を団結させ,大がかりな軍事遠征を敢行して大勝利をおさめた(1111)。2年後,キエフ市民の政治的蜂起に乗じて大公の位に就いたモノマフは,市民たちの債務緩和の措置を含む改革を実施し,名声を高めた。…

※「ウラジーミル・モノマフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ウラジーミル・モノマフの関連キーワードアファナーシエフウラジーミルオドエフスキーキエフキエフ公国小ロシア大公キエフペチェールスカヤ大修道院ロシアの恋人ロシア下院選

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone