エフゲニー プリマコフ(英語表記)Evgenii Maksimovich Primakov

現代外国人名録2012の解説

エフゲニー プリマコフ
Evgenii Maksimovich Primakov


国籍
ロシア

専門
政治家;経済学者

肩書
ロシア商工会議所会頭 ロシア首相・外相;ソ連科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)所長 ロシア科学アカデミー会員〔1979年〕

生年月日
1929/10/29

出生地
ソ連ウクライナ共和国キエフ

学歴
モスクワ東洋学大学〔1953年〕卒;モスクワ大学大学院経済学専攻〔1956年〕修了

学位
経済学博士〔1969年〕

経歴
南のグルジア・トビリシ育ち。1956〜62年ソ連閣僚会議附属テレビ・ラジオ国家委員会に勤務。その間’59年ソ連共産党入党。’62年「プラウダ」記者となり、’66年同紙中東特派員、のち評議員、編集次長などを歴任。’70年ソ連科学アカデミー(現・ロシア科学アカデミー)世界経済国際関係研究所(IMEMO)副所長、’77年同アカデミー東洋学研究所所長を経て、’85年11月IMEMO所長に就任。’86年党中央委員。’89年6月〜’90年3月ソ連最高会議連邦会議議長。’89年9月〜’90年7月党政治局員候補。’90年3〜12月大統領会議メンバー。’91年1月ゴルバチョフ大統領の外交ブレーンとして大統領補佐官に。同年2月には湾岸戦争和平のため大統領特使としてイラクに飛び“撤退”表明を引き出した。3月新設の国家安全保障会議メンバーに選出。9月KGB第1副議長兼第1管理本部長、11月連邦中央情報機関議長。12月ソ連邦崩壊に伴い、ロシア対外情報局長となる。エリツィン政権下で’96年1月〜’98年8月ロシア外相、’98年8月首相代行、’98年9月〜’99年5月首相を務める。’99年8月〜2001年9月中道勢力の選挙連合、祖国・全ロシアの調整評議会議長。この間、1999年12月〜2003年12月下院議員。2001年12月ロシア商工会議所会頭。日本にも度々訪れ、極東問題にも詳しい。著書に「Egypt under Nasser」など。英語とアラビア語に堪能。

受賞
ナセル賞〔1975年〕

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

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