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オマーン オマーン Oman

翻訳|Oman

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オマーン
オマーン
Oman

正式名称 オマーン国  Sulṭanat `Umān。面積 30万9500km2。人口 281万(2011推計)。首都 マスカット。1970年7月まではマスカットオーマンアラビア半島南東端のスルタン国で,住民の大多数はアラブ人で,宗教はイスラム教

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

オマーン

アラビア半島の東端に位置する絶対君主国。外国人を含む人口は約433万人。石油や石油製品の輸出を主な産業とし、石油生産は日量94万5千バレル(2013年)で世界20位。千夜一夜物語で描かれたシンドバッドは、中国へ航海したオマーン人船乗りモデルだったとされる。

(2016-01-13 朝日新聞 朝刊 2外報)

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デジタル大辞泉の解説

オマーン(Oman)

アラビア半島の南東端にある首長国。首都はマスカット。1871年以降、英国の保護下に置かれたが、1970年に独立。石油を産出。旧称マスカット‐オマーン。人口297万(2010)。ウマーン。

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百科事典マイペディアの解説

オマーン

◎正式名称-オマーン首長国Saltana Uman/Sultanate of Oman。

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世界大百科事典 第2版の解説

オマーン【Oman】

正式名称=オマーン首長国Saltana ‘Umān∥Sultanate of Oman面積=30万6000km2人口(1996)=約225万人首都=マスカトMuscat(日本との時差=-5時間)主要言語=アラビア語通貨=オマーン・リヤールOmani Riyal地理用語ではアラビア半島の最東端地域全体をさすが,ここでは1744年以来ブー・サイードBū Sa‘īd朝が支配してきた政治的領土,オマーン首長国に限定する。

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大辞林 第三版の解説

オマーン【Oman】

アラビア半島の東端部と,ホルムズ海峡に臨む小さな飛び地からなる首長国。インド洋に面する。1970年イギリスの保護下から独立。全土が砂漠で,石油を産する。首都マスカット。住民の多くはアラブ人。面積31万平方キロメートル。人口260万(2005)。旧称,マスカット-オマーン。正称,オマーン国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オマーン
おまーん
Sultanate of Oman英語
Saltana 'Umnアラビア語

アラビア半島の南東端にあるスルタン君主国。東と南はアラビア海に臨み、西部国境ではアラブ首長国連邦サウジアラビアイエメンと接している。またアラブ首長国連邦領を挟む飛び地をムサンドゥム半島に領有している。同半島は、ペルシア湾口のホルムズ海峡に面する。つまりオマーンは、この海峡を挟んでイランと向かい合っている。旧称はマスカット・オマーン。面積は30万9500平方キロメートルで日本の約4分の3、人口257万7000(2006推計)。首都はマスカット。[高橋和夫]

自然

国土は、肥沃(ひよく)な海岸地帯、標高3000メートル以上の山地である北東部、その南に広がる砂漠地帯、ドファール地方とよばれる南部の山岳地帯の四つに区分できる。砂漠気候帯に属し、高温かつ少雨である。年平均気温は28.3℃、7、8月が夏であり、最高気温は38℃にまで達する。冬は11月から3月にかけてで、雨の多いのはこの時期である。しかし年降水量は、インド洋からのモンスーンを受けるドファール地方の海岸地帯を除いて、全体には100ミリメートルにも満たない。[高橋和夫]

歴史

オマーンはマスカット港を貿易の中心として古くから栄えてきた。現在のオマーン住民の直接の祖先にあたるのは、7世紀前後にイエメンやペルシア湾岸北部から移住してきた部族である。6世紀末ペルシア人によって支配され、7世紀には拡大するイスラム帝国のなかに併合された。しかし850年ごろまでには帝国の支配を離れ、以降土着勢力が君臨した。1508年にポルトガルがマスカット港を占領、約150年にわたって支配したが、16世紀後半にオランダとイギリスがこの海域に進出してくると、その勢力は衰えた。そうした状況のなかで、ヤールバ家がオマーンの土着勢力の支持を得て1624年にヤールバ朝を創始、1650年にはポルトガルからマスカットを奪取して、名実ともにこの地方の支配者となった。それから約200年間オマーンは大海洋国家の中心として繁栄した。ヨーロッパ列強を除けばこの海域最大の艦隊を有し、東アフリカにまで領土を拡大した。
 18世紀初頭に内戦が勃発(ぼっぱつ)、そのなかからブー・サイード朝が新しい支配者として登場した。この時代、天然の良港マスカットを有し、またペルシア湾、インド洋の交通の要(かなめ)に位置するオマーンは、東アフリカからの奴隷貿易を独占する有力な政治勢力であった。一方18世紀に入ると、この戦略上の要地オマーンをめぐるヨーロッパ列強の確執が激しくなった。1798年、イギリスの東インド会社がオマーンの支配者と条約を結び、オランダとフランスの影響力を排除しようとねらった。しかしこのころからオマーンの没落が始まった。その主たる原因は奴隷貿易が終焉(しゅうえん)し、ヨーロッパ製品の流入によりオマーンの国内産業が崩壊し、さらには蒸気船の登場によりマスカット港の重要性が低下したことであった。こうした経済の停滞が遠因となり、部族の反乱が発生、スルタンは退位を余儀なくされた。しかし、1871年イギリスはスルタンを支持、マスカットを占領してスルタンを復位させた。以降イギリス軍がスルタンを軍事的に支援し、毎年イギリス国庫より補助金が支出された。こうしてオマーンは事実上イギリスの保護下に入った。
 こうした関係は20世紀に入っても続き、サイード・ブン・タイムール、その子カブースなどのスルタンをイギリスは操った。タイムールは圧制を敷き、1932年から1970年までオマーンの社会発展を停滞させた。国民はラジオ、眼鏡(めがね)、ズボン、たばこ、書籍などの消費と使用を禁じられ、薬品の輸入さえ許されていなかった。タイムールの圧制に抵抗し、南部のドファール州で革命運動が起こった。運動が拡大するにつれてイギリスは改革の必要を痛感し、1970年7月、父親によって監禁されていた王子カブースを使ってクーデターを決行、スルタン・タイムールを亡命させた。スルタンの位についたカブースは、石油収入による国内開発を進めた。またイラン軍の力を借りてドファール地方の反政府運動を鎮圧した。イラン革命の前のことであった。[高橋和夫]

政治

スルタン・カブースが啓蒙(けいもう)的な専制を行っているが、段階的に国民の政治参加への道を開く試みがなされている。1991年11月にシューラー(諮問議会)が創設された。シューラーは、立法措置を国王に提案するが立法権そのものはもたない。各地方が候補者4人ずつを選出し、そのなかから政府が2名を議員に任命していたが2000年からは直接選挙により選出されている。さらに1997年には国家評議会が設置された。議員は国王が任命。これもシューラー同様に立法権をもたない。現在はシューラーが84議席、国家評議会が60議席で構成されており、ともに任期は4年。湾岸戦争後のアラビア半島諸国での民主化傾向の一環とみることができる。1997年からは女性の参政権が認められた。政党は認められていない。
 周辺諸国との友好が外交の基本であり、1981年に結成されたアラビア半島諸国のグループである湾岸協力会議(GCC)の創立メンバーである。アメリカ、イギリスとも密接な関係を維持する一方で、イランとも対話の姿勢を堅持している。さらにはイスラエルとの関係樹立を模索している。2007年の国防予算は32億3000万ドル。兵役は志願制で、総兵力は4万2600。1990年の湾岸危機では多国籍軍に、2001年のアフガニスタン空爆ではアメリカ・イギリス軍に空軍基地の使用を認めた。[高橋和夫]

経済・産業

農業生産は海岸地帯に集中している。その他の地域では家畜の飼育のみが可能であり、わずかにオアシスの周辺と地下用水路(ファラジュ)の建設されている地域で農作が営まれているにすぎない。オマーンでは古くからバナナ、ナツメヤシ、ザクロ、スイカなどが栽培されてきた。また小麦、米といった穀物の生産も行われている。しかし量は限られている。漁業は盛んである。
 もともとオマーンには大規模製造業は存在せず、経済は自給自足的状態にあった。だが、1963年に内陸の砂漠地帯で石油が発見され、1967年に石油生産が開始されると状況は一変した。石油収入が急増し、歳入の大半を占めるようになった。スルタン・カブースは、道路や港湾施設の建設など産業基盤の整備に力を入れている。石油の埋蔵量が限られているため、政府は脱石油を目ざして産業の多様化を進めてきた。しかし国民の教育水準の低さのため、多数の外国人労働者をたとえば金融セクターなどに必要とした。1990年代に入っても労働者の3割は外国人であった。その結果、労働者の海外送金がオマーンの経常収支への重い負担となった。
 2000年に世界貿易機関(WTO)に加盟。2007年の輸出額は石油、天然ガスを主に、果実(ライム)、小麦粉、デーツ(ナツメヤシの実)などの農産物を含めて247億6000万ドル、輸入は機械、食料品などを主に160億2000万ドルとなっている。輸出相手国は中国、タイ、日本、韓国、台湾など、輸入相手国はアラブ首長国連邦、日本、インド、アメリカ、ドイツ、韓国、中国などである。[高橋和夫]

社会

伝統的にオマーンとよばれてきた地方(マスカット周辺の海岸部とその後背地にある山岳地帯)とドファール地方には際だった相違が存在している。前者では約200のアラブ系部族が居住し、その宗教はイスラム教少数派の一つイバード派である。イバード派はイマームとよばれる宗教上かつ政治上の指導者に従ってきた。その後継者たちは代々オマーン山岳部の事実上の支配者であり、1960年代に至るまで強力な影響力を行使してきた。一方ドファール地方の住民は人種的にアラブと異なっており、宗教もスンニー派が多い。アラビア語を話すオマーン地方とは違って、独自のことばを使用している。
 スルタン・カブースによる社会開発でもっとも評価されるのは教育の普及であろう。1970年にカブースが政権についたときには、国内の教育機関は7000人たらずの児童を教育する16の小学校のみであった。就学率はわずか3%であり、国民の大半は文字が読めなかった。それが2009年にはおよそ1050校の公立の小・中・高等学校と170校の私立学校とで約60万人の生徒が教育を受けている。エジプトなどの外国からの教員が大半を占めていたが、しだいにオマーン人の教員も育ちつつある。また1986年に大学(スルタン・カブース大学)も設立された。識字率は男性89.4%、女性77.5%(2007推定)。[高橋和夫]

東アジアとの関係

オマーンの原油はホルムズ海峡を通過せずに国際市場へと送り出される。そのためペルシア湾岸地域の政治変動の余波からは比較的に安全であるとみなされている。そうした認識もあって東アジア諸国は、オマーン原油を重視している。日本はオマーン原油の最大の市場となっており、韓国や台湾とともにオマーンの原油輸出の大半を引き受けている。さらにオマーンは、天然ガス液化工場を完成させ、2000年より日本や韓国などへガスの輸出を開始している。日本とは1972年に国交を樹立。オマーンは日本へ原油、天然ガス、インゲンマメなどを輸出、日本から自動車、家庭用電気器具などを輸入している。2007年の対日輸出額4210億円、輸入額2960億円で、日本の輸入超過である。[高橋和夫]

世界遺産の登録

古い歴史をもつオマーンでは、「バハラ城塞」(1987年)、「バット、アル・フトゥム、アル・アインの古代遺跡群」(1988年)、「フランキンセンスの国土」(2000年)、「アフラージュ、オマーンの灌漑システム」(2006年)がユネスコ(国連教育科学文化機関)により世界遺産の文化遺産に登録されている(世界文化遺産)。[編集部]
『江村彩子著『アラビア海を越えてオマーンにようこそ』(2000・東京図書出版会) ▽遠藤晴男著『オマーン見聞録――知られざる日本との文化交流』(2009・展望社)』

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