カイギュウ

改訂新版 世界大百科事典 「カイギュウ」の意味・わかりやすい解説

カイギュウ (海牛)
sea cow

カイギュウ目Sireniaに属する哺乳類の総称。現在よりも過去に繁栄した動物で,現生種はジュゴン1種とマナティー3種の計4種だけである。体は紡錘形で,前肢はひれ状,後足は退化して見えない。尾部先端に水平な尾びれがある。体色は鉛灰色または淡紫灰色である。唯一の草食海獣で,唾液腺は口の中で水に洗われる部分には開口していない。胃から十二指腸にかけては特別な構造をしており,大腸は成長に伴って長くなり,成獣では小腸の2倍近くもある。小腸から大腸へ移行する部分に大きな盲腸があり,盲腸壁の筋層がよく発達し,胃から小腸まで運ばれた食物を大腸に送り出すために,ポンプのような役割をしていると考えられる。表皮は1mmほどであるが,真皮は1cm以上に達する。全身の皮膚にまばらに(1cm2に1本くらい)毛が生えている。毛にはふつうの毛と,洞毛という特別に感覚の敏感な毛があり,背中によく分布している。毛は尾びれにも生えているが,その尾びれは,ジュゴンでは後縁のへこんだ半月形,マナティーでは後方に張り出したシャベル状,またはスペード形である。

 歯はきわめて特徴的で,長鼻目(ゾウの仲間)によく似ている。臼歯(きゆうし)(頰歯(きようし)と呼ぶ)はそれぞれの歯槽をもたず,上下顎(じようかがく)の両側に1本のレール状の歯槽があり,1時期に頰歯は数本生えているが,後方の歯が成長して前方の歯をゆっくりと前方に押し出すので,前方の歯はレールの前端から抜け落ちる。マナティーではこの現象が次から次と終生続くと考えられるが,ジュゴンでは頰歯の総数が6~7個で,高年齢個体では最終的に2頰歯となり,それを囲んで歯槽壁もできる。犬歯を欠くが,ジュゴンでは第2門歯(切歯)が長大となりきば状をなすのも長鼻目とよく似ている。門歯の成長線によって年齢を査定しうる。最高寿命は約70歳。マナティーでは犬歯ばかりでなく門歯も欠く。

 カイギュウ目の祖先は始新世前期に陸上草食獣の祖先から始まったという学説が一般的である。その先祖は陸上生活に適応した群と,水中生活に移行した群に分かれたと考えられる。陸上生活に適応した群は種々の哺乳類に進化し,四肢で歩く群となったと思われる。この中に長鼻目のゾウもおり,デスモスチルス群もいたと考えられる。デスモスチルスをカイギュウ目の1亜目と考える学者の根拠は,歯の形態がよく似ていることにある。長鼻目とカイギュウ目の歯の構造はよく似た形態であるが,これらの先祖が,レール状の歯槽溝をもつ以前から,デスモスチルスはこの機構をもっていたと思われる。そのため,デスモスチルスは,ゾウやカイギュウ類が進化する前に,この歯の機構をもった動物群(目)で,ゾウやカイギュウよりもずっと前に絶滅したと考えられる。そこでカイギュウ目の分類を考えると,デスモスチルスを亜目に入れず,またカイギュウ目を4種とするのが適当と思われる。この4種のうち,プロラストミ科とプロトシーレン科はすでに漸新世に絶滅している。

 現世の科はジュゴン科とマナティー科である。ジュゴン科は4亜科に分類されるが,ダイカイギュウ亜科を含む3亜科は18世紀末までに絶滅している。ジュゴンはインド洋および西部太平洋の熱帯亜熱帯の浅海域に総計約3万頭生息し,海草類を食べている。オーストラリアを除いてCITES条約の保護動物である。マナティー科はフロリダからカリブ海,南アメリカ北岸に分布するアメリカマナティー(約3000頭),アマゾン川にいるアマゾンマナティー(約2000頭),西アフリカの河川,とくにニジェール川に多いアフリカマナティー(約1万頭)の3種が知られている。アメリカマナティーおよびアマゾンマナティーはCITES条約の保護動物。

 なお,カイギュウは伝説の動物〈人魚〉のイメージとなった動物といわれているが,これらの特異な顔から美人を連想するのはむずかしい。しかし,前肢(腕)の付け根の腹側に1対の乳頭があり,マナティーでは両手を胸で合わせることや,後足がなく,魚類のものとは異なるが水平尾びれがあることなどから,人魚伝説の発想もありうるとも思われる。伝説の人魚構想が先で,その後カイギュウを見た人が伝説と結びつけたのであろう。
ジュゴン →マナティー
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