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カダ・モスト(英語表記)Alvise da Ca’da Mosto

世界大百科事典 第2版の解説

カダ・モスト【Alvise da Ca’da Mosto】

1432‐88
イタリアのベネチア出身で,西アフリカ沿岸の探検家。1455年ポルトガルのエンリケ航海王子の支援を受けて,アフリカ大西洋沿岸の南下を試み,まずマデイラカナリア諸島を経て,セネガル川およびガンビア川にまで達した。翌年の2回目の航海では,ベルデ岬諸島を発見し,二つの島を探検して,無人島であることを確認した。またガンビア川をさかのぼって内陸を探検した。その帰途にはさらに南下して現在のギニア・ビサウ沿岸を探検。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のカダ・モストの言及

【エンリケ[航海王子]】より

…結局ペドロが摂政に就くと,エンリケはペドロから西アフリカ沿岸の交易独占権を付与された。すでに1434年,彼の従士ジル・エアネスはボジャドル岬越えに成功してヨーロッパに未知の世界を切り開いたが,新しい世界への好奇心からエンリケはラゴスの居館に天文学者や数学者を招き,ヌノ・トリスタン,ペロ・デ・シントラやイタリア人カダ・モストらの航海者はエンリケに仕えて西アフリカ探検を進めた。こうして,1440年代以降金取引と奴隷捕獲によって西アフリカ航海はようやく経済的にも見通しが明るくなってきた。…

【カボベルデ】より

…言語はポルトガル語が公用語であるが,ポルトガル語と部族語の混交したクレオールが広く使われている。
[歴史]
 ベルデ岬諸島を発見したのは,1456年のベネチア人カダ・モストとも,60年のポルトガル人ディオゴ・ゴメスともいわれる。95年ポルトガルは諸島を自国領とし,入植を開始した。…

【ガンビア】より

…ガンビアは植民地化のいきさつから英語を公用語とする英語圏に入ったが,この国をすっぽり包みこむ形の隣国セネガルがフランス語圏であるため,言語の違いが両国間の行き来の障害の一つとなっている。【赤阪 賢】
[歴史]
 ポルトガルのエンリケ航海王子に雇われたベネチア人カダ・モストは,15世紀半ばにガンビア河口に到達し,16世紀にイギリス人商人がこの地方に交易拠点を置いた。1816年にイギリス政府は,ガンビア河口のセント・メアリー島に奴隷貿易取締基地バサースト(現,バンジュル)を建設した。…

※「カダ・モスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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