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カポレットの戦い カポレットのたたかいBattle of Caporetto

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カポレットの戦い
カポレットのたたかい
Battle of Caporetto

第1次世界大戦でドイツオーストリア軍が 1917年 10月 24日から 11月 12日にかけて北イタリアカポレットにおいて,イタリア軍に大打撃を与えた会戦。ドイツの O.ベロー将軍指揮下のオーストリア軍 28個師団,ドイツ軍7個師団から成るオーストリア第 14軍が,L.カドルナ将軍指揮下の 41個師団から成るイタリア軍に対し,トルミノ,カポレット,プレッツァの線で突然攻撃に出てイタリア軍戦線を突破した。ドイツ=オーストリア軍の攻勢は補給が尽きたために,パスビア山からピアーブ川の線でとどまったが,イタリア軍はこの間に戦死傷者4万人,捕虜 25万人を出し,砲 2500門を失った。ドイツ=オーストリア軍の死傷者は2万人。このイタリア軍の敗戦の結果,11月5日にラパロ会議が招集され,連合軍の指揮統一をはかって,最高戦争会議が設置された。

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