カルノー(読み)かるのー(英語表記)Marie François Sadi Carnot

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カルノー(Marie Franois Sadi Carnot)
かるのー
Marie Franois Sadi Carnot
(1837―1894)

フランスの政治家。L・H・カルノーの長子。技術官僚からセーヌ・アンフェリウール県知事に転出、1871年から共和派の代議士、公共事業相、蔵相を歴任し、1887年にはグレビを継いで第三共和政第4代大統領(~1894)となった。在任期間中ブーランジェ事件やパナマ事件が起こり共和政を危機に陥れたが彼はよくこれを乗り切っている。1894年リヨン博覧会の開会式に際して、イタリアのアナキスト、カセリオの凶刃に倒れた。科学者N・L・S・カルノーは彼の叔父にあたる。[谷川 稔]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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