カントル(読み)かんとる(英語表記)Georg Cantor

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カントル(Georg Cantor)
かんとる
Georg Cantor
(1845―1918)

ドイツの哲学的数学者。デンマーク系ユダヤ人の子で、ロシア生まれであるが、11歳以降ドイツに移住。ハレ大学教授。デーデキントとともに集合論の創始者とされる。ドイツ数学者協会、国際数学者会議の発足にも貢献。母系に音楽家や宗教家が多く、彼の集合論にしばしばみられるロマン的、形而上(けいじじょう)学的性格はそれと無縁ではあるまい。これに対してデーデキントの集合論は、より数学的、論理的である。
 カントルはベルリン大学でクンマー、クロネッカー(整数論)、ワイアシュトラース(解析学)などに学び、卒業論文(1867)、就職論文(1869)の主題はともに整数論であったが、付記された討論主題にはすでに哲学的傾向がうかがわれる。
 集合論建設の誘因は1872年以降のデーデキントとの交際であるが、その集合論の発端は解析学的で、リーマンの三角級数論の改良途上で案出された有理数の基本列による無理数論と、位相数学の一源流たる点集合論であり(1872)、ついで超越数(整数係数の代数方程式の根となる代数的数以外の実数、複素数)の存在なる数論的問題に与えた、一つの証明である(1874)。これは、エルミートが前年(1873)に与えた(eの超越性の)整数論的証明に対し、集合論的証明法の最初の例で、代数的数の全体は自然数全体と1対1に対応させうる(可算集合)が、実数全体はどんな可算集合とも1対1に対応できないことを示し、超越数の存在を間接に示す論法である。ただしこの論法は、旧師クロネッカーなどの指導的数学者の反発をかった。一方、カントルは「集合理論への寄与」(1878)で意識的に集合論建設を企て始め、まず個数概念の拡張として無限集合の濃度の概念を導入し、可算濃度と(実数全体の)連続体濃度とを区別した。さらに直線上の点全体と平面ないしn次元ユークリッド空間の点全体とがともに連続体濃度をもつことを証明し(デーデキントの助言あり)、また可算濃度と連続体濃度の中間に別の濃度があるかという(狭義の)連続体問題を提起した。
 カントル的集合論の真の成立は1883年で、その対象が個体として存在する無限者(実無限)であり、極限算法limにおける変化する有限(生成的無限)とは本質的に異なることが前面に打ち出される。すなわち、点集合論で導入されていた、「無限大」(∞、後のω)を超えて「超無限的」にのびる既約的な記号系列を、「超限順序数」なる実無限的「存在」の列として定義し、濃度も、この列の処々に生ずる飛躍的な節目(ふしめ)にあたる順序数として、それを「超限基数(アレフ数)」とよんだ。さらに、連続体濃度より大きい濃度が無数にあることを示して、壮麗な数学的無限理論を展開しようとした。しかし任意に与えられた濃度が、本当にアレフ数のなかにみいだされるか(濃度の比較可能性)の問題と、連続体濃度が可算濃度の次の濃度だとする連続体仮説の当否を問う(広義の)連続体問題は残った。彼は対角線論法の導入(1890)を経て、デーデキント的構成を目ざした集合理論の整備を進めたが(1895~1897)、それらの問題に本質的進展は得られなかった。濃度比較の問題は、選択公理の前提の下でツェルメロによりいちおう解決されたが(1904)、連続体問題は極度の難問で、公理的集合論のなかでゲーデル(1940)、コーヘンPaul J. Cohen(1934―2007)(1963)らの手で推進されて今日に至っている。現在では、公理化された集合論のなかで、選択公理と連続体仮説は他の公理と独立な命題であることが知られている。
 この間、カントルの革命的な考え方は、まず当時の指導的数学者の反対にあい、さらに、いわゆる集合論の逆理の発見があって、集合論の苦難の日がしばらく続いた。しかしヒルベルトを中心とする若い世代は集合論の意義を認め、一方で、集合概念を適当に規制する公理的集合論や、より広く数学全般の真理性の根拠などを問う数学基礎論を形づくるとともに、集合概念を数学的存在の基礎とし、それに数学的構造を与える形で数学の理論を構築する考え方が固まってきた。後者は現代数学の基本線であるが、ただしデーデキントの思想線上のもので、カントルの考えとはいえない。
 カントルは晩年、哲学・神学的傾向を強めた。とくに実無限の概念は、ライプニッツの哲学、スコラ哲学からさかのぼって、プラトン哲学やアリストテレス哲学にも関係をもつため、哲学者や神学者との多くの論争を招いた。彼が提示したのは、数学を形而上学のうえに基礎づけるとともに、多数の元からなる1個のものたる集合概念によって、「一と多」に関する古代以来の哲学的問題に決着をつけようという壮大な構想であった。しかしその構想は、事実上それ以上に展開されず、彼のこの方面の考え方は現在ほぼ忘れ去られている。現代数学における集合論の意義も、上記のとおり、実際にはデーデキントの思想の線上にあり、加えてカントル自身もデーデキントの影響を受けた面がある。しかしその反面、現代数学の集合一元論的性格は、スコラ哲学における普遍論争での普遍者(ユニバーサリア)の現代的形態ともいえるものであり、現代数学がいかなる無限集合をも恐れることなく用いている背後には、カントルのつくりだした、無限に関する存在論が根底的に働いているといえよう。その業績は、ツェルメロ編『Gesammelte Abhandlungen』(1937)に収められている。[村田 全]
『G・カントル著、功力金二郎・村田全訳『カントル・超限集合論』(1979・共立出版) ▽彌永昌吉著『現代数学の基礎概念 上』(1944・弘文堂) ▽竹之内脩著『集合・位相』(1970・筑摩書房) ▽伊東俊太郎・原亨吉・村田全著『数学史』(1975・筑摩書房) ▽村田全著『数学史の世界』(1977・玉川大学出版部)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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