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ギョカルプ Gökalp, Ziya

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ギョカルプ
Gökalp, Ziya

[生]1875. ディヤルバクル
[没]1924.10.25. イスタンブール
トルコの社会学者,思想家。本名 Mehmed Ziya。ディヤルバクルの軍学校を卒業後,独学でイスラム哲学,フランス社会学を研究。この間,アブドゥル・ハミト2世の専制政治に反対して啓蒙活動を続け,ディヤルバクルに政治結社「青年トルコ」の支部をつくり,1908年の「青年トルコ革命」後,その指導者の一人となった。第1次世界大戦後マルタ島へ流されたが 1921年に帰国,言論活動や国民議会を通じてトルコの近代化に努めた。彼の思想はケマル・アタチュルクの祖国解放運動に小アジアを主体とした地縁的なトルコ・ナショナリズムの理念を与えた。主著『トルコ化,イスラム化,現代化』 Türkleşmek,İslamlaşmak,Muasırlaşmak (1918) ,『トルコ主義の原理』 Türk Çülüǧün Esasları (1923) ,『トルコ文化史』 Türk Medeniyet Tarihi (1926) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ギョカルプ
ぎょかるぷ
Ziya Gkalp
(1876―1924)

オスマン朝末期の思想家。トルコ主義を主唱し、トルコ共和国成立の思想的基礎をつくった。アナトリア南東部のディヤルバクルで生まれる。故郷で学び、のちイスタンブールの獣医学校で学んだ。卒業後、反政府活動を理由に9か月投獄される。出獄後故郷に帰り、1899~1908年の間、教師を務めたが、1909年統一と進歩委員会(青年トルコ党)の招きによりサロニカに出て中央委員となった。中央委員会の移動に伴いイスタンブールに移り、イスタンブール大学で哲学を教える。雑誌『若いペン』の発刊、「トルコの炉端」の組織など行動面においてもトルコ人の覚醒(かくせい)に努力した。第一次世界大戦後マルタに追放されたが、帰国後、ディヤルバクル選出議員となって活躍した。[設楽國廣]

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