クマ(読み)くま(英語表記)bear

翻訳|bear

改訂新版 世界大百科事典 「クマ」の意味・わかりやすい解説

クマ (熊)
bear

食肉目クマ科Ursidaeに属する哺乳類の総称。植物食の傾向が強い大型の原始的な食肉類で,太くがっしりした体軀(たいく)と筋肉質の四肢をもち,頭が大きく耳と目は小さい。尾はごく短い。前・後肢とも幅広く,長く湾曲するがんじょうなつめを備えた5指をもつ。つめは樹皮を引き裂いたり穴を掘るのに使われる。ホッキョクグマを除き,足の裏には毛がなく,すべての指と足の裏全面を地につけて歩く蹠行(しよこう)性である。他の大部分の食肉類と異なり,臼歯(きゆうし)は幅広く扁平で植物食に適する。犬歯は大きく発達するが先は丸い。アライグマ科,イタチ科に近縁で,クマ類は肉食から植物食に転向するにつれて体を大型化してきたものと思われる。体長は,もっとも小型のマレーグマで1.1~1.4m,もっとも大型のヒグマで2.8m。体重は同じく27kgから780kg(食肉類中最大)である。一般に雄のほうが雌よりも大きい。体色は全身ほぼ単色で,黒色,褐色,灰色,または白色である。前胸部に月の輪状の淡色の斑紋をもつことがしばしばある。ユーラシア大陸,北アフリカ,南北アメリカと広い分布域をもち,北極圏から熱帯まで生活域もきわめて多様である。

 育児中の雌と繁殖期の雌雄を除くと単独で行動する。動きは食肉類としては速いほうではないが,走り,泳ぎ,木登りとも巧みである。温帯や熱帯などの温暖な地域にすむものはおもに夜行動し,寒冷な地域では昼間行動する傾向が見られる。水中に入って,魚,アザラシなどをとらえるホッキョクグマを除いて,草,木の葉,芽,根,果実,アリ,ハチ,その他の昆虫,魚,哺乳類などを,地上あるいは木に登って採食する雑食性であるが,種によってヒグマのように動物食の傾向の強いもの,ツキノワグマのように植物食の傾向の強いものなどの違いがある。前者のほうが攻撃的である。視力はやや劣るが(ホッキョクグマ以外),嗅覚,聴覚は鋭い。寒い地方にすむものは,冬,岩穴,樹洞,雪洞などにこもって,〈冬眠〉する。しかし,体温は低下せず,体の機能もかなりの程度まで維持されているため,生理学的には冬眠ではなく,単なる〈冬ごもり〉に近い。ふつう初夏に交尾するが,受精卵は秋の終りの11月ころまで子宮に着床せずに発育を停止している。交尾後180~240日,雌は〈冬眠〉の間に1~4子,普通2子を生む。子はきわめて小さく,発育不全の状態で生まれ,閉眼,無毛で,ヒグマでも体長は20cmほどである。ホッキョクグマは雪洞で子を生む。生子はおよそ2年間母親とともに生活し,母親は子をよく守る。攻撃は強力な前肢で,しばしば後肢で立ち上がって行い,中くらいのクマでさえひと打ちで雄ウシの首を折るといわれる。寿命は15~30年,飼育下では47年の記録がある。

現生のクマは,ふつう6~7属7~9種に分類され,日本には北海道にヒグマ,本州,四国,九州にツキノワグマがすむ。ヒグマはスペインからアラスカまでの北半球の温帯,寒帯林に広く分布する。北にすむものほど体が大きく,南のヨーロッパにすむ亜種ヨーロッパヒグマでは,体長1.2~1.5mであるが,アラスカやコディアク島にすむ亜種コディアクグマは体長2.8m,体重780kgに達する。北海道にすむ亜種エゾヒグマは体長2m前後。ツキノワグマヒマラヤミャンマーから中国,台湾,朝鮮半島と本州,四国,九州に分布。四国,九州にはごく少なく,とくに九州では絶滅したのではないかといわれる。体長1.3~1.6m,体重120kg程度。体色は黒色で,前胸部に月の輪状の白色の斑紋をもつ。マレーグママレー半島,スマトラ島,ボルネオ島に分布する小型のクマで,毛がごく短い。体色は黒色だが鼻先が灰色ないしオレンジ色。体長1.1~1.4m,体重27~65kg。ナマケグマはインド,アッサムスリランカにすむ黒色の長い毛を生やしたクマ。体長1.4~1.8m,体重55~135kg。アメリカグマアメリカクロクマ)は北アメリカに分布。体長1.5~1.8m,体重120~150kg。体色はツキノワグマをおもわせるが顔が長く,類縁はヒグマに近い。メガネグマは南アメリカにすむ黒色のクマで,目の周囲に白色の輪をもつ。体長1.5~1.8m,体重120~150kg。ホッキョクグマシロクマ)は北極圏に分布する泳ぎの巧みな大型のクマである。体長2.2~2.5m,体重320~410kg。アザラシを狩りながら流氷に乗って広大な地域を移動する。日本に流れついた記録もある。
執筆者:

クマ科は系統的に若い科で,中新世の初頭にイヌ科のアンピキオン類から分かれ出たと長い間信じられていた。しかし漸新世と中新世にヨーロッパにいたアンピキオン類は,上腕骨や耳の骨の構造からイヌ類ではなく,指行性で長い尾をもっているがクマ科の一員(アンピキオン亜科)であることが1975年ころからわかってきた。クマ科はイヌ科とは別の起源のもので,イタチ科やアライグマ科に近縁と考えられる。現生のクマ類(クマ亜科)は,アンピキオン亜科から鮮新世初頭に分かれ出て,尾が短くなり,足が蹠行性に変わり,後ろの臼歯が雑食性に適応して長大化している。クマ亜科のうち,第三紀末に北アメリカに現れたのはメガネグマ族である。この類は更新世に栄えて,氷期には巨大なものもいたが,アンデスに小型のメガネグマ1種を残して更新世末にすべて絶滅した。ユーラシア大陸にいたクマ亜科のクマ族は,鮮新世末にツキノワグマ,アメリカグマなどの類と,ヒグマとホラアナグマの類に分かれ,更新世にヒグマからホッキョクグマが分かれた。北アメリカのアメリカグマは更新世前期に,ヒグマはその後期にアジアから移住したものである。

 ホラアナグマ(洞穴熊)Ursus spelaeus(英名cave bear)はヨーロッパ固有の巨大な種で,大きなものはアラスカヒグマほどもあった。ヒグマに似るが四肢が短くがんじょうで,頭が大きく額が高まっている。臼歯が大きくエナメル質のひだが発達しているところからみて,純然たる草食性であったらしい。草食のため歯が早く磨滅し,20歳以上生きたものはまれだったらしい。大きな洞窟に多数集まって冬眠したが,冬眠中に死ぬものが多く,おびただしい化石が洞窟に残っている。一時はイギリスを含めヨーロッパじゅうに広く分布していたが,更新世中期にアジアからヒグマが進出するにつれて北部から姿を消し,わずかにヨーロッパ南部に残ったものも更新世末に人類に狩られて絶滅した。
執筆者:

北海道にヒグマ,本州以南にツキノワグマが生息するので,近世まで熊といえばふつう後者を指し,猛獣とみなされたが,雑食性で,驚いたときと雌が子を守る場合のほか人を襲うことはない。ヒグマはシクマ(羆)のなまりとされ,《和名抄》《日本書紀》にも名が出ていて,毛皮として珍重された。こちらは猛獣で人や牛馬を攻撃して食う。

 熊に襲われたとき死んだまねをすれば安全というのは,中国文献や《イソップ物語》などから出たものらしく,熊の生態を知らぬ俗説といえる。冬眠して狩猟期を雪中の穴の中で過ごすので,数のうえで比較的保護されてきた。古くは霊獣としてあまり捕獲対象とせず,中世にも熊野権現の使者として狩猟獣から除かれていた。熊は後肢で人のように立ち,前肢でうつ力が強いが,ものを引き寄せることはできても押し返す作用がない。これを利用して猟師は熊の穴に太い枝を入れ,中の熊が次々とたぐり寄せて身体が穴の口に出てくるのを撃ち,または木を組んだ格子を穴の口に立て,熊が引いて口をふさいだのをやりや銃でとる。山中で人に向かってくるのをやりで突くと熊がつかんで引き寄せるためみずから深く貫いて倒れるとも伝える。近世後期には銃が普及して,包囲した勢子が声をかけつつ山頂に待つ銃手の前に追い込んで射撃させる〈巻狩り〉がくふうされ,今日まで応用されている。これは地形を利用するから場所がほぼ一定し,巻倉などという地名となっている場合もある。餌をおいてウジ(通路)の要点に誘い重いわなで圧殺するオシも用いられたが,明治以後廃せられオソバなどの地名がその痕跡を示す。古い狩猟法では熊の捕獲には種々の禁忌や儀礼が伴い,山言葉を用い指揮者や組織にも特徴があった。儀礼には山の神に対し豊猟を祈り,獲物を感謝して内臓をささげるものが多く,他方,熊の霊魂に対したたらぬよう慰める呪文や儀式が含まれる。とくにまたぎは巻物としてこれらを伝え,九州の一部にも熊野信仰の痕跡を残して,熊をとるごとにその墓を立てる。またぎも烏を撃たず,熊野神社を氏神とする村では熊狩りはするが肉は食わぬなどの習慣がある。捕獲の目的は古くは胆を薬用とするためで,毛皮を売るのを重視するのは新しい現象であり,もとは育児のときノミをよけるためこれを使用した。熊の胆は民間薬として山村,農村で貴重視され,この偽物が製される一方で鑑別法もさまざまにくふうされている。
熊の胆
執筆者: 西洋では,熊を表す語が,インド・ヨーロッパ語系で〈茶色いやつ〉〈おじいちゃん〉〈みつ食い〉〈大男〉などといいかえられるのは,それらが元来おそろしいものを別称で呼ぶタブー語であったからと説明できる。人々は古くから熊を百獣の王として恐れ,狩りの目標にし,同時に敬意をはらった。人名や都市名に熊にちなむものが多く,伝説や民話でも熊や熊に変身した人間がよく登場するのはその反映であろう。北欧のサガに現れる,一時の狂騒にかられ人間以上の働きをし刃もとおらぬ狂暴戦士がベルセルクberserkr(〈熊の皮を着たもの〉の意)と呼ばれるのは,この獣のもつ神秘的な力がのりうつった勇士を表しているのであろう。

 民間信仰では熊のたくましい生命力が成長霊とされる。風が麦畑をわたると〈穀物霊〉が走っているといい,麦畑に隠れている熊の姿をした穀物霊は収穫の最後の麦束の中にいると信じられた。西プロイセンではこの麦束を熊の人形につくって翌年の豊作を祈願した。同じように麦やエンドウの最後の刈り手を〈ライ麦熊〉や〈豆がら熊〉に仕立て村中をねり歩いて祝儀を集める風習が以前にはあった。悪霊を追い成長霊を呼びさます農耕儀礼であったと考えられる。熊の歯やつめはゲルマン人にとって幸運をよぶ御守だった。熊の肉を食べるとその力と多産にあやかれるといわれ,プロイセン地方では新婚の夫婦に熊の肉を食べさせ,まじないをした。脂はあかぎれの妙薬となる。
熊祭
執筆者:

1643年(寛永20)刊の《料理物語》は鹿,タヌキなど7種の野獣の名を掲げ,その肉に適する料理名を列挙しているが,その中で熊は吸物,田楽がよいとしている。当時,熊を捕殺すればその肉を食べていたことの証左であり,大昔からそれは当然行われていたはずで,貝塚などからの熊の骨の出土例もわずかながら見られる。熊といえば,中国料理で珍味中の珍味とされているのが熊掌(シユンチヤン)である。熊の前肢の足裏の肉で,とくに左前肢のそれが美味だとされる。熊ははちみつが好きで,ミツバチの巣をとってはちみつをなめるといい,前肢の足裏にははちみつがしみこんでいるためにうまいのだそうで,これにまつわる伝説もある。前626年のこと,楚(そ)の成王は太子商臣を廃そうとして,逆に商臣の軍にとらえられた。成王は熊掌を食べて死にたいと願ったが許されず,みずから縊死(いし)したのであるが,熊掌の料理はつくるのに数日を要するもので,王はその間に救出されることを期待したのだと《史記》の注に見えている。日本では《延喜式》に薬材の一種として見えるのが古く,《庭訓往来》には塩肴(しおざかな)の名を列挙したところに熊掌(くまのたなごころ)というのがあり,塩漬にしたものを酒の肴にしていたのかも知れない。《日本山海名産図会》(1763)には〈津軽にては脚の肉を食ふて貴人の膳にも是を加ふ〉と記されている。
執筆者:


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「クマ」の意味・わかりやすい解説

クマ
くま / 熊
bear

哺乳(ほにゅう)綱食肉目クマ科に属する動物の総称。この科Ursidaeの仲間は陸上では最大の食肉類で、アライグマ科に近縁である。アジア、ヨーロッパ、南北アメリカに分布するが、アフリカ、オーストラリアにはいない。

[渡辺弘之]

形態

大きさは種類により異なるが、もっとも小さなマレーグマで頭胴長1.4メートル、体重65キログラム、最大のヒグマの1亜種アラスカのコディアク島に生息するアラスカヒグマ(コディアクヒグマともいう)やホッキョクグマでは2.8メートル、700~800キログラムになるという。体つきは頑丈で、大きな体を支えるため四肢は短く太い。前後肢とも幅広く5指。大きな鉤(かぎ)づめがあり、木登り、穴掘りに使う。足裏全部を地につけて歩き、後肢で立ち上がることもできる。目は小さく、耳は短く丸い。あごは発達し、犬歯は大きく、臼歯(きゅうし)は短く扁平(へんぺい)で植物質のものを擦りつぶすのに適する。毛は長くて粗く、尾は短い。歯式は

で合計42本である。

[渡辺弘之]

種類

7属8種、またはアラスカヒグマを独立種とし7属9種に分ける。北極地方にクリーム色のホッキョクグマThalarctos maritimus、ヨーロッパからアジア、さらに北アメリカに褐色のヒグマUrsus arctos、北アメリカに黒色のアメリカクロクマEuarctos americanus、灰色のハイイログマU. horribilis、南アメリカのアンデス山脈にメガネグマTremarctos ornatus、アフガニスタンから東アジア、海南島、台湾、日本にツキノワグマ(アジアクロクマ、ヒマラヤグマともいう)Selenarctos thibetanus、東南アジアにマレーグマHelarctos malayanus、インド、スリランカにナマケグマMelursus ursinusがいる。メガネグマ、ツキノワグマ、マレーグマ、ナマケグマでは毛は黒く、前胸部に白斑(はくはん)、いわゆるツキノワ(月の輪)をもつものが多い。

 日本には北海道にヒグマの1亜種エゾヒグマU. a. yezoensis、本州、四国にツキノワグマの1亜種ニホンツキノワグマS. t. japonicusが分布するが、互いに津軽海峡を越えていない。ニホンツキノワグマは本州では山口県から青森県までの脊梁(せきりょう)山脈沿いに広く、四国では何か所かに隔離状態で分布し、九州ではまだ生存するといううわさはあるが、第二次世界大戦後、確実な捕獲例はなく、絶滅視されている。

[渡辺弘之]

生態

子グマを連れた雌親のほかは、主として単独で生活する。食肉類であるが、食性は雑食性で、草本植物の根や新芽、樹木の果実、昆虫、魚類など、なんでも食べる。しかし、ホッキョクグマ、ヒグマ、ハイイログマなどは肉食、マレーグマ、ツキノワグマ、メガネグマ、ナマケグマなどでは草食の傾向が強い。ニホンツキノワグマでは春はブナの新芽、タムシバの花、スゲ、フキ、ウワバミソウなどの草本類、タケノコ、夏はアリなどの昆虫、蜂蜜(はちみつ)、秋はミズナラ、クリ、ウワミズザクラ、ミズキなどの樹木の実を主として食べている。登山者の捨てた残飯、ごみなども好んで食べる。

 動作はのろまにみえるが、走るのは速い。ツキノワグマ、マレーグマ、メガネグマなどは木登りが上手、ホッキョクグマ、ヒグマなどは泳ぎが上手である。高緯度地方に生息するヒグマ、ツキノワグマ、ハイイログマなどは、冬は樹洞あるいは地中に穴を掘って冬ごもりする。しかし、ホッキョクグマでは冬ごもりしない。冬ごもりするものでは、この期間中に雌は出産する。産子数は1、2頭で、2頭の場合は雌雄1頭ずつのことが多い。冬ごもり中は外へ出ず、秋にとった栄養分だけで過ごす。体温も低下するが、爬虫(はちゅう)類のような冬眠ではないので、意識はある。妊娠期間は7~8か月、受精卵の子宮粘膜への着床が遅れたり、着床してもしばらく発育しないという。生まれた子グマは300グラム程度、雌親の体に比べて、きわめて小さい。寿命は、ニホンツキノワグマでは、動物園で36年生きた記録がある。野生のものでは歯の断面に現れる年輪から判定して24年というものがあったので、最長30年であろう。

 ニホンツキノワグマでは、その生息地は、冬ごもり前の食べ物であるコナラ、ミズナラなど落葉広葉樹のある所、また冬ごもりのための樹洞のある所、すなわち天然林に限られている。しかし、これら地域が急速に開発されていること、また、スギ、ヒノキなどの樹皮剥皮(はくひ)の被害を防除するために有害獣駆除が続けられていることから、生息数、生息域は急速に減少しているといわれる。また、このツキノワグマではアルビノ(白化型)が新潟県などで数回捕獲されている。それらはシロクマとよばれ、ホッキョクグマと混同されている。

[渡辺弘之]

人間生活との関連

日本では春先、冬ごもり穴から出たものを雪上で追う巻狩り、積雪期、冬ごもり中のものを捕獲する穴熊(あなぐま)撃ちが行われる。有害獣駆除では檻(おり)を仕掛けるが、効率はよい。毛皮は敷物に、胆嚢(たんのう)は「熊の胆(い)(熊胆(ゆうたん))」と称し健胃薬として利用されるが、肉はあまりおいしくない。狩猟によるツキノワグマの捕獲数は年間900~1300頭、有害獣駆除により捕獲されるものが900~1600頭に及ぶが、近年、有害獣駆除による割合が大きくなってきている。

 いずれのクマもときとしてヒトを襲うことがあり、ウシ、ウマ、ヒツジなど家畜類への被害も多い。ニホンツキノワグマではスギ、ヒノキ、カラマツなどの針葉樹の樹皮をはぎ、形成層をかじる、いわゆるクマはぎの森林被害が、静岡、三重、和歌山など太平洋岸地域の各県に多く発生し、その面積は毎年400~1200ヘクタールにも及んでいる。アメリカクロクマにも同様な習慣があり、ダグラスモミの剥皮が問題になっている。また、クマ類は、クリ、カキ、リンゴ、ナシなどの果樹、トウモロコシ、ソバ、カボチャ、スイカ、タケノコなどの作物にも被害を与えるほか、蜂蜜を好み、ミツバチの巣箱を荒らすことも多い。一方、クマには訓練をして芸を教えることができ、サーカスなどでは人気者になっている。

[渡辺弘之]

民俗

クマは日本でもっとも大きい狩猟獣で、クマを神聖視する伝えもある。古く『古事記』(712)にも、神武天皇(じんむてんのう)が熊野村(和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡)を訪れたとき、大きなクマが現れると、天皇とその軍勢は体の力が抜けて倒れたとある。クマを神霊とみたのであろう。熊の胆(い)や毛皮は商品的価値があるため、東北地方の狩猟民またぎにとっては第一の獲物であった。山ことばでは、ヤマノオヤジ、クロゲ、ナビレ、イタチなどとよばれ、イタチとよぶのは、イタチに出会うことを忌む習慣と表裏をなす観念であろう。村で祀(まつ)る熊野権現(ごんげん)をクマの神のように伝える例もあり、なかには神としてとることを禁じている土地もある。またマタギの間には、特殊なクマの伝えもある。とくに「ミナグロ」とよばれる全身真っ黒なクマを、山の使いとか化身とかいい、これをとったときはまたぎをやめなければならないという。反対に、真っ白なクマ(白化型)は「ミナシロ」とよばれ、ミナグロ以上に神聖視されて畏(おそ)れ敬う。

 クマの狩猟儀礼はもっとも丁重で、クマをとったらかならず熊祭をするものだともいう。しとめられたクマが最後にあげる声は「三途(さんず)声」といって、山の神がまたぎにクマの体を与える許しの声であると伝え、この声を聞くと、「勝負、勝負」と神へのお礼を表す声をかけて皮をはぎ取り、毛祭(けまつり)をする。頭を川上にして置き、毛皮をかけて唱え言をするが、済んだらそれを上下逆さにしてかけ直す。これは人間の死者の逆さ着物の作法に相当するもので、クマに引導を渡す意味がある。解体したら、内臓と、首と背からとった肉片を12ずつ、クロモジなどでつくった串(くし)2本に刺して火にあぶり、山の神に供えて、またぎたちも食べる。

 アイヌでも、クマはシカと並ぶ重要な狩猟獣で、一般にクマを山の神とし、カムイ(神)といえばクマをさす。アイヌの観念では、クマの肉は神からの贈り物で、殺されたクマの霊魂は、役目を果たしてクマの世界へ帰るという。クマの子を神からの預かり物として2~3歳まで飼育し、狩猟期の前になると儀礼的に殺害する熊送りも、親の国へ帰ったクマの子が、人間にたいせつにされたので、もっとクマを人間に遣わすように伝えてほしい、と願うものである。樺太(からふと)(サハリン)やアムール川河口に住むニブヒ(ギリヤーク)人や、隣接して住むツングース系の諸民族でも、クマは神から遣わされた神聖な獣であるとし、アイヌと同じ熊送りを行う。北方ユーラシアから北アメリカの狩猟民の間でも、クマの頭や骨を、儀礼的に処置する習俗が広くみられ、頭を木の上や特定の棒、柱の上、あるいは屋根の上に掲げる作法が特徴的である。日本でも福島県会津地方には、クマの頭を棒に刺して常緑樹の下に立て、山の神を祀る風習があった。

[小島瓔

 アイヌの熊送りと同種の儀礼は、ロシアのニブヒ人にもある。クマをとらえると村に運んで檻(おり)に入れ、老いたクマなら数か月、子グマならば成獣になるまで村全体でたいせつに飼育した。時がくると、クマは檻から引き出され、棒を立ち巡らせた神聖な場所で矢を射かけて殺された。死んだクマは村へ戻され、その肉を長老が厳粛に煮て、切り落としたクマの頭にまず供え、その後特別の容器に盛り分けて共食の宴が開かれた。このような祭宴は死者の追悼儀礼と組み合わされることもあり、イヌがクマへの供え物として殺され、供えられることもあった。

 北アメリカ先住民のスーなどの平原インディアンでは、クマを崇拝する特別の結社があり、クマが病気を治療する役割を担っていたことなども知られている。クマを直接によぶことを忌む習慣は、日本ばかりでなく外国でもみられ、スウェーデンでは「おじいさん」、フィンランドでは「森のリンゴ」などの呼称が使われる。

 約10万年から3万5000年前にかけて生存したヨーロッパのネアンデルタール人の遺跡からは、ホラグマの骨がたくさん出土するが、なかには当時すでにクマに対する儀礼や祭祀(さいし)が行われていたことを暗示するような証拠も残されている。たとえばスイスのドラッヘンロッホの洞穴遺跡では、地中につくられた石室の中にホラグマの頭蓋骨(とうがいこつ)が7個、洞穴の入口のほうに顔を向けて整然と積み重ねられていた。また同じ洞穴の奥には壁龕(へきがん)(彫像などを置くために設けられた壁面のくぼみ)がつくられ、6個の頭蓋骨が安置されていた。クマの強大さが、おそらく人々に畏怖(いふ)の念を呼び起こし神聖視されることになったのであろう。このような太古に芽生えたクマにまつわる超自然的観念は、現在の諸民族の神話や伝承、そして儀礼のなかにも生き続けている。クマは太陽や月、あるいは雷や水と結び付いて崇拝されることもあり、また人間の祖先として語られることもある。カリフォルニア州の先住民モドックは、天界の精霊の娘とグリーズリー(ハイイログマ)が結婚してできた子供たちが人間になったという話を伝えている。

[松本亮三]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クマ」の意味・わかりやすい解説

クマ
Ursidae; bear

食肉目クマ科に属する動物の総称。7種から成る。体長 100~280cm,体重 27~800kgでヒグマホッキョクグマ食肉類中最大。からだつきはがんじょうで,毛色は黒,こげ茶,茶,白などであり,メガネグマのように部分的に模様を有するものがいる。歩行は蹠行性。種によって食性は異なり,動物や昆虫のほか植物もよく食べる。おもに北半球に分布し,サハラ砂漠以南のアフリカとオーストラリアには生息していない。

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世界大百科事典(旧版)内のクマの言及

【毛皮】より

…また一般農民や山民も山ばかまとして脚部保護に使用したが,水に弱いので,雨が降ると脱いでしまったと伝えられる。さらに鞍(くら)下の敷物,野外休息の敷皮などの用途のほか,鎗(やり)の鞘(さや),刀の鞘などを包むなど用途は広く,クマ,サルの毛皮もうつぼの外装に用いられた。庶民はカモシカの毛皮を腰当,引敷(ひつしき)に用い,雪中の行動には,毛の方を内側にしたクマ,カモシカの毛皮の手袋,足袋が盛んに用いられている。…

【直立二足歩行】より

…カンガルーは前肢を使わず上体を半ば立てて移動するが,体重の支持とけりに尾が重要な役割をはたし,移動様式は跳躍であって二足歩行とはいいがたい。クマはほぼ直立に近い姿勢をとることができるが,この姿勢で長距離を歩くことはない。サルや類人猿も,遠くを見通すときや両手に物を持ったときなど一時的に直立し,ときに二足歩行もするが,長距離にはおよばず,上体は前かがみに腰やひざは伸びきらないことが多い。…

※「クマ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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