日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
クラーク(William Smith Clark)
くらーく
William Smith Clark
(1826―1886)
札幌(さっぽろ)農学校(北海道大学の前身)の創設者。アメリカのマサチューセッツ州に生まれる。アマースト大学およびドイツのゲッティンゲン大学に学び、鉱物学、化学を専攻。帰国後母校のアマースト大学の化学教授に就任し、南北戦争では義勇軍に入隊し大佐に昇進した。1867~1879年アマーストのマサチューセッツ農科大学学長となる。北海道開拓事業をつかさどる政府機関である開拓使の懇望により同大学長のまま、1876年(明治9)6月来日し、8月開校の札幌農学校初代教頭に就任。事実上の創設者となった。
彼は細かな学則を否定して「予がこの学校に臨む規則は、Be gentleman!只(ただ)この一言に尽くる」といい、故意に規律を守らない者に対しては、「只退学あるのみ」といった。また厳格なピューリタンとしてキリスト教精神に基づく人間教育を行い、内村鑑三(うちむらかんぞう)はじめ多くの人材を出した。在職1年、1877年4月帰国にあたり、“Boys, be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.”(青年よ、人間の本分をなすべく大望を抱け)の名言を残したことは有名である。1886年3月9日アマーストで61歳の生涯を閉じた。
[梅溪 昇 2018年8月21日]
『原田一典著『お雇い外国人13 開拓』(1975・鹿島出版会)』