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クロタール[2世] Chlothar II

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世界大百科事典 第2版の解説

クロタール[2世]【Chlothar II】

584‐629
メロビング朝フランク国王。在位584‐629年。ネウストリアヒルペリヒ1世の子。父が殺害されたため生後まもなく王位を継ぐ。祖父クロタール1世の死後フランク王国は分国に分かれ,対立・抗争が続いていたが,613年国内の豪族層の支持により王国の統一を達成した。翌614年パリ勅令を発布し,伯にはその地方に所領をもつ有力者を任命することを規定したことは,統一の代償として豪族層に譲歩したことを示す。【平城 照介】

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のクロタール[2世]の言及

【フランク王国】より

…これはかつてのグラフィオがテュンギヌスの権限をも吸収して,南ガリアのコメスとほとんど同じ権限を獲得したことの反映とみなされる。他方クロタール2世のパリ勅令(614)は,以後在地の豪族層のなかから伯を任命することを規定している。これは南部と同様,北部ガリアでも国王に対するコメスの独立性が強くなっていく傾向を反映したものと解釈され,その傾向はメロビング朝時代末,王権の弱体化に伴い,いっそう著しくなった。…

【メロビング朝】より

…ライン川以東でも,ランスの歴代の諸王がチューリンゲン,バイエルンおよびイタリア遠征を行い(531,539),さらにビザンティン遠征を計画するなど,ガリアの枠を超えた帝国政策を展開した。 ソアソン分国王クロタール1世(在位511‐561)が兄弟諸王の死により,単独支配者となったが,彼の死が内乱の始まりであった(561)。相続の方法は前回と同じであるが,4人の相続者のうちカリベルトの死(567)後の3分国が以後定着する同朝の分国図となった。…

※「クロタール[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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