ケッコネン(英語表記)Urho Kaleva Kekkonen

デジタル大辞泉 「ケッコネン」の意味・読み・例文・類語

ケッコネン(Urho Kaleva Kekkonen)

[1900~1986]フィンランド政治家。第8代大統領。在任1956~1981。ソ連との友好を推進する一方、中立政策をとって冷戦下の東西間緊張緩和に貢献した。1975年の全欧安保協力会議CSCE)では、ヘルシンキ宣言をまとめ上げた。

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改訂新版 世界大百科事典 「ケッコネン」の意味・わかりやすい解説

ケッコネン
Urho Kaleva Kekkonen
生没年:1900-86

フィンランド第8代大統領。貧しい木こりの家に生まれたが,法律を学び,青年期には陸上選手としても活躍した。1930年代に農民党の政治家として頭角を現し,第2次大戦中からすでに対ソ関係の修復主張。戦後首相を経て56年大統領に就任した。前任者に引き続き〈パーシキビ=ケッコネン路線〉といわれる対ソ信頼関係の発展尽力。任期延長の憲法改正がなされたほどの国民的支持を得たが,81年11月病気のため辞任した。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ケッコネン」の意味・わかりやすい解説

ケッコネン
Kekkonen, Urho Kaleva

[生]1900.9.3. ピェラベシ
[没]1986.8.31. ヘルシンキ
フィンランドの政治家。ヘルシンキ大学を卒業後,弁護士となった。 1927~31年地方自治体連合顧問,33~36年農業省行政官,36年以降農民党所属の国会議員となった。 36~37年法相,37~39年内相,44~46年再び法相,48~50年国会議長を歴任ののち,50~56年の間に断続的に首相,54年外相に就任。 56年大統領に選出され,その後3選。 73年特別法により,78年まで大統領職をつとめ,78年4選,81年辞任。前大統領 J.パーシキビのあとをうけ,第2次世界大戦中2度にわたり交戦したソ連との関係改善に全力をあげ,フィンランドの中立主義外交の象徴的存在であった。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ケッコネン」の解説

ケッコネン
Urho Kekkonen

1900~86

フィンラインドの政治家,法律家。法相,内相を歴任し,第二次世界大戦後は,首相(在任1950~53,54~56),第8代大統領(在任56~82)となり,対ソ友好外交と中立政策の確立に尽力した。

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百科事典マイペディア 「ケッコネン」の意味・わかりやすい解説

ケッコネン

フィンランドの政治家。1936年国会議員となり,法相,内相,首相(在職1950年―1956年)を歴任,1956年―1981年大統領。伝統的な対ソ友好・中立・非同盟政策の推進者として知られた。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ケッコネン」の意味・わかりやすい解説

ケッコネン
けっこねん

ケッコーネン

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世界大百科事典(旧版)内のケッコネンの言及

【フィンランド】より

…在任1940‐43)が,その末期の混乱期はマンネルヘイム元帥(在任1944‐46)が担当した。続いてパーシキビPaasikivi(在任1946‐56)が2期務め,56年からケッコネンが5選され25年間も大統領の座にあった。1982年以降はコイビストMauno Koivisto(1923‐ )が第9代大統領の職にあった。…

※「ケッコネン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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