ゲズ(読み)げず(英語表記)Andrea Ghez

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゲズ」の意味・わかりやすい解説

ゲズ
げず
Andrea Ghez
(1965― )

アメリカの宇宙物理学者。ニューヨーク市生まれ。マサチューセッツ工科大学で物理学の学士号を、1992年にカリフォルニア工科大学で物理学の博士号を取得した。1992年にアリゾナ大学で博士研究員としてキャリアをスタート。1994年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校に移り助教授、準教授を経て2000年に教授に就任した。

 ゲズは当初、連星の観測に興味をもち、赤外線スペックル・イメージングの技術を駆使して研究を始めた。このイメージング技術は、とらえる天体を非常に短い時間、露光して多くの画像を撮影し、それを処理するもので、大気のゆらぎによる望遠鏡分解能解像度)の低下を防ぎ、単一星しか見えない連星をくっきりと観察することができた。1995年からは、ハワイ島のマウナケア山頂にあるケック天文台の直径10メートルの分割鏡をもつ光学近赤外線望遠鏡2基を駆使して、天の川銀河中心のいて座の方向にある謎(なぞ)の天体「Sgr A*(サジエースター)」(いて座A*)の観測を開始した。この天体は、太陽系から2万6000光年離れたところにあり、明るく輝く非常に小さな電波源が発見され、巨大なブラック・ホールの可能性が指摘されていた。当時、ブラック・ホールの存在は数学的に証明されていたが、だれも観測には成功していなかった。

 ゲズは、大気のゆらぎや、乱流を補正する補償光学、赤外線スペックル・イメージングなどの分解能を向上させる技術を使い、Sgr A*周辺の星の軌道を鮮明な画像で観測し続けた。ケック天文台の望遠鏡は、世界最大の分割鏡で、2枚の鏡それぞれがハチの巣のような六角形のセグメント36枚で構成され、かすかな星からの光をとらえるのにも適していた。長年の観測の結果、Sgr A*の周りを周回する星が多数見つかり、そのなかで、楕円(だえん)軌道を描く星S2を確認した。

 ゲズらとは別に、ドイツのマックス・プランク地球外物理学研究所所長のラインハルト・ゲンツェルらの研究チームも、1992年からチリのラ・シア天文台にある光学望遠鏡の「新技術望遠鏡」(NTT:New Technology Telescope)や「超大型望遠鏡」(VLT:Very Large Telescope)を駆使して、天の川銀河中心にある無数の星について長年、観測を続けていた。

 ゲズは、2000年代初め、Sgr A*を周回する星の軌道から、Sgr A*の質量が、太陽の約400万倍であることを発表したが、このデータは、ゲンツェルらがほぼ同じ時期に発表したデータと一致。この二つのグループが、ブラック・ホールの存在を間接的にではあるが、それぞれ約30年間継続した観測によって世界で初めて証明した。

 この発表が契機となりブラック・ホールを直接観測する機運が盛り上がり、Sgr A*の探索も始まった。日米欧国際共同チームが多数の電波望遠鏡を連携させて、あたかも地球サイズの口径をもつ望遠鏡で観測する「イベント・ホライズン・テレスコープEvent Horizon Telescope(EHT)」によって、2017年、Sgr A*と同時に観測していたM87銀河の中心にあるブラック・ホールの撮影に成功。これら複数の望遠鏡で観測したデータを緻密(ちみつ)に合成し、その解析・検証を経て、画像が2019年に発表された。ブラック・ホールも直接観測する時代が訪れ、宇宙創成の謎解明の研究が加速すると期待されている。

 ゲズは、1998年ニュートン・レイシ―・ピアス賞を受賞、2008年マッカーサー・フェローに選出され、2012年クラフォード賞を受けた。2012年スウェーデン王立科学アカデミー会員となり、2015年イギリス王立協会ベイカー・メダルなどを授与された。2020年、長年の観測を通じた「天の川銀河の中心に巨大なブラック・ホール発見」の業績が評価され、ゲンツェルとともにノーベル物理学賞を受賞した。数学的な手法を用いて「一般相対性理論を基にブラック・ホールが形成されることを証明した」ロジャー・ペンローズとの同時受賞であった。

[玉村 治 2021年2月17日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ゲズ」の意味・わかりやすい解説

ゲズ
Ghez, Andrea

[生]1965.6.16. ニューヨーク,ニューヨーク
アンドレア・ゲズ。アメリカ合衆国の天文学者。フルネーム Andrea Mia Ghez。銀河系(天の川銀河)の中心にある超大質量のブラックホールを発見し,2020年にイギリスの数学者ロジャー・ペンローズ,ドイツの天文学者ラインハルト・ゲンツェルとともにノーベル物理学賞(→ノーベル賞)を受賞した。ノーベル物理学賞を受賞した女性としては,マリー・キュリー(1903),マリア・ゲッパート・メーヤー(1963),ドナ・ストリックランド(2018)に続いて 4人目となった。
1987年マサチューセッツ工科大学で物理学の学士号,1992年カリフォルニア工科大学で物理学の博士号を取得。1992年から 1993年までアリゾナ大学で博士研究員を務めたのち,1994年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校の物理学と天文学の助教,2000年に教授となる。
初期の研究は,赤外線スペックル・イメージングと呼ばれる技術を使った若い連星の研究であった。スペックル・イメージングは,非常に短い露出時間で何枚もの写真を撮影し,それらを合わせることで,地球の大気が天体画像に与えるぶれを取り除く技術である。1995年から研究チームを率い,ハワイ島のケック天文台で最初はスペックル・イメージング,のちに望遠鏡の鏡面を動かして大気のゆらぎによる撮像の乱れを補正する補償光学技術を使って,天の川銀河の中心周辺の恒星を研究した。解像度の向上に伴って,個々の星を識別して銀河の中心の軌道を追尾することが可能になった。その結果,銀河の中心は電波源である「いて座A*(エースター)」と一致することがわかった。いて座A*太陽の約 400万倍の質量をもちながら小さな領域にある天体で,超大質量のブラックホールであると結論づけた。

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