ゲーリー カスパロフ(英語表記)Garri Kimovich Kasparov

現代外国人名録2016 「ゲーリー カスパロフ」の解説

ゲーリー カスパロフ
Garri Kimovich Kasparov

職業・肩書
元チェス選手,反体制指導者 元チェス世界チャンピオン

国籍
ロシア

生年月日
1963年4月13日

出生地
ソ連アゼルバイジャン共和国バクー(アゼルバイジャン)

本名
Wainstein,Garry

別名
別名=ワインスタイン,ゲッリク

経歴
ユダヤ人の父とアルメニア人の母の間に生まれる。4歳からチェスを習い始め、1976年ソ連ジュニア・チャンピオン、’80年世界ジュニア・チャンピオン、’81年ソ連チャンピオンに。’85年にベテランのアナトリー・カルポフを破り、22歳で史上最年少のチェス世界チャンピオンになる。以来、2000年教え子に敗れるまでの15年間タイトルを保持し、世界一の評判をほしいままにした。1987年国際チェス協会(FIDE)との不和が原因で、グランド・マスターズ協会を設立、FIDEとは別に世界大会を開催する。’89年コンピューターとの対戦勝利。’96年再びコンピューターと対戦し、初戦で初めて敗れるが、対戦成績3勝1敗2引き分けとし勝利する。’97年再度対戦し、1勝2敗3分で敗れる。一方、アゼルバイジャン共和国の共産主義青年同盟中央委員を務めたのち’90年にソ連共産党離党新党を結成し、モスクワ民主派の新聞編集者を務める。2005年3月スペインでのチェス大会に勝利した直後に突如引退を宣言。反プーチン勢力の結集を掲げる野党連合“もう一つのロシア”を組織。2007年4月のモスクワのデモ行進は治安機関に鎮圧されたが、反体制指導者として西側の脚光を浴びた。2012年大統領選の際にはプーチン政権に反対する行動に取り組んだ。自伝に「変化の子」(1987年)、「決定力を鍛える」(2007年)がある。日本将棋は三段の腕前

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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