コーエン(Leonard Cohen)(読み)こーえん(英語表記)Leonard Cohen

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

コーエン(Leonard Cohen)
こーえん
Leonard Cohen
(1934―2016)

カナダ出身の歌手、詩人小説家。モントリオールの保守的なユダヤ人の家庭に生まれ、少年時代にカントリー・アンド・ウェスタンのバンドを結成する。スペインの詩人ガルシア・ロルカ影響を受け、ケベック州のマックギル大学(フランス語圏の同州では少数派の、英語で授業を行う大学であった)、さらにアメリカのコロンビア大学に進み、英文学を専攻。コロンビア大学在学中の1956年に初の詩集『神話の比較』Let Us Compare Mythologiesを出版。その後ヨーロッパ各地を転々としながら、詩集『大地のスパイス・ボックス』Spice-Box of Earth(1961)、『ヒトラーに捧げる花』Flowers for Hitler(1964)、『天国の寄宿者』Parasites of Heaven(1966)と、小説『ザ・フェイバリット・ゲーム』The Favorite Game(1963)、『美しき敗者Beautiful Losers(1966)を発表する。1967年コロンビア・レコードと契約を交わし、デビュー・アルバム『レナード・コーエンの唄』(1968)を発表するが、その数か月前にはアメリカのフォーク・ソング歌手ジュディ・コリンズJudy Collins(1939― )がこのアルバムに収められた「スザンヌ」を取り上げヒットさせている。

 コーエンの詩人としての才能と、叙情的な深みを備えた作曲の才能は、すぐさま高い評価を受けることとなった。初期の3枚のアルバム、『レナード・コーエンの唄』と『ひとり、部屋に歌う』(1969)、『愛と憎しみの歌』(1971)は評論家から絶賛され、ヒットチャートにランクインすることとなった。また、これらのアルバムにおさめられた曲は多くの歌手にカバーされるスタンダード・ナンバーとなった(「電線の鳥」「フェイマス・ブルー・レインコート」など)。彼自身の演奏するギターを中心とした簡素な伴奏は、コーエンのドラマチックでユーモアにあふれた詩と歌唱を際だたせる効果があった。1970年のツアーでバックを務めたバンドはジ・アーミーと命名され、『愛と憎しみの歌』では全面的にバックを務めている。ジ・アーミーのメンバーはボブ・ディランとのかかわりが深いミュージシャンが多かった。大学時代ディランの詩と歌唱に感銘を受け「カナダのディランになりたい」と語ったといわれるコーエンは、さらに1973年ジ・アーミーとのツアーをおさめた『ライヴ・ソングズ』をリリースしている。

 『愛の哀しみ』(1974)以降のコーエンは、積極的に音楽的な幅を広げていった。『愛の哀しみ』ではロック・サウンドを全面的に導入し、元ベルベット・アンダーグラウンドの歌姫ニコNico(1938―1988)について歌ったとされる「チェルシー・ホテル」などの名曲を生んでいる。しかし『ある女たらしの死』(1977)で、ウォール・オブ・サウンド(音の壁)とよばれる華美なアレンジで著名だったプロデューサーフィル・スペクターと組んだことは周囲をとまどわせ、作品の評価も、またセールスもかんばしいものではなかった。『ある女たらしの死』はスペクターの契約の関係で、アメリカではコロンビアではなくワーナーより発売され、コーエン自身がプロデュースし、かつての簡素な作風が戻った次作の『最近の唄』(1979)を最後に、コロンビアはコーエンとの契約を打ち切ってしまう。カナダやヨーロッパ諸国では変わらぬ人気を保っていたコーエンだったが、『哀しみのダンス』(1984)は、コーエンの歌のなかでももっともよく知られた曲の一つである「ハレルヤ」が収録されているにもかかわらず、アメリカではインディー・レーベルから発売されただけであった。

 しかし、1980年代後半、若い世代からの再評価を受けることとなる。ジェニファー・ウォーンズJennifer Warnes(1947― )によるカバー・アルバム『レナード・コーエンを歌う』(1985)がヒットしたおかげでふたたびコーエンは注目を集めた。古巣のコロンビアに復帰し、『ロマンシェード』(1988)をリリース。続いて、コーエンの影響を強く受けた英米のニュー・ウェーブ・グループが多数参加したカバー・アルバム『僕たちレナード・コーエンの大ファンです』(1991)がリリースされ、世代を越えたコーエンの影響力を印象づけた。

 以後、『ザ・フューチャー』(1992)、『テン・ニュー・ソングズ』(2001)をリリース。また並行して詩集や小説も発表し続け、存在感のあるシンガー・ソングライター兼作家として活動した。

[増田 聡]

『大沢正佳訳『歎きの壁』(1970・集英社)』『諏訪優訳・解説『神話を生きる――レナード・コーエン詩集1』(1977・JCA)』『川村元彦訳『大地の薬味入れ――レナード・コーエン選詩集2』(1978・JCA)』

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