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サバ[セルビアの] Sava

世界大百科事典 第2版の解説

サバ[セルビアの]【Sava】

1176ころ‐1235
セルビア教会の独立を実現させた教会指導者,聖人。セルビア王ステファン・ネマーニャの三男,俗名ラストコRastko。アトス山で修道士となり,1208年に帰国。当時のセルビアはローマ教会と東方正教会の両勢力のはざまに置かれていたが,サバは,国教として東方正教の採用を考え,ニカエア王国に働きかけ,1219年に初代セルビア大主教に任命された。かくしてセルビアの教会は独立を獲得し,カトリック教会の勢力は減退した。

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世界大百科事典内のサバ[セルビアの]の言及

【セルビア】より

… ミレシェボ,ソポチャニなどの修道院に残るフレスコ画の数々は,セルビア中世美術の傑作として名高い。近代以降では,大作《ドゥシャン法典の発布》《セルビア民族の移動》を描いたヨバノビッチPaja Jovanović(1859‐1957),パリに学んだシュマノビッチSava Šumanović(1896‐1942)らが注目に値する。 音楽の分野では,民謡や教会音楽をモティーフに多くの合唱曲を残したモクラニャツStevan Mokranjac(1856‐1914)が傑出している。…

【セルビア】より

…最高峰はコソボ西部のプロクレティイェProkletije山塊にあるモンテネグロ,アルバニアとの3国国境のジェラビツァDjravica山(標高2656m)。平地は,北方のハンガリー平原の一部をなすボイボディナ一帯や,サバ川流域のマチュバMačva地方(中心地はシャバツŠabac),モラバ川流域のポモラブリェPomoravlje地方(パラチンParaćin,チュプリヤĆuprija,スベトザレボSvetozarevo)などに見られる。河川は,北のハンガリーから流入するドナウ川がボイボディナ地方でティサ川と合し,ベオグラードに至り西方からのサバ川を加え,スメデレボSmederevoで南方から北流するモラバ川を得て,ルーマニアとの国境を南東流する。…

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