世界大百科事典(旧版)内のサン・サルバトーレ・ディ・グレチの言及
【メッシナ】より
…6世紀にはビザンティン帝国の支配下に入ったが,独自の行政官をもつ比較的自由な都市であった。843年イスラム教徒に征服され,1061年からのノルマン治下では,商業も文化もともに栄え,バシレイオス派修道院サン・サルバトーレ・ディ・グレチは学問の中心地でもあった。1282年の〈シチリアの晩鐘〉の乱では,市を包囲したアンジュー軍に対して女性を含む全市民が戦い,同軍を撃退した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」