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シャルル・ドルレアン Charles d’Orléans

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世界大百科事典 第2版の解説

シャルル・ドルレアン【Charles d’Orléans】

1394‐1465
フランス中世末期の王侯詩人。王弟ルイ(オルレアン公)を父とし,バレンティナ・ビスコンティ(ミラノ公女)を母としてパリで生まれる。12歳のとき父が暗殺されたため,父の敵であるブルゴーニュ公との対決姿勢を鮮明にし,若年にして一党の旗頭となる。しかし1415年,敵方と盟約を結ぶイングランド軍とアザンクールで戦って敗れ,捕虜となり,イギリスに移され,その後25年に及ぶ捕囚を余儀なくされる。47歳で帰国,数日後にブルゴーニュ公フィリップの姪マリー・ド・クレーブと3度目の結婚をし,国内2党派間の調停に乗り出す一方,ミラノ公領を求めて外征に赴くが,いずれも手痛い仕打ちを受け,ブロアに隠棲する。

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世界大百科事典内のシャルル・ドルレアンの言及

【詩】より

…抒情詩としては12世紀ごろから南仏で活動したトルバドゥールと呼ばれる詩人たちの恋愛歌や物語歌がジョングルールという芸人たちによって歌われ,北仏のトルベール,ドイツのミンネゼンガーなどに伝わって,貴族階級による優雅な宮廷抒情詩の流れを生むが,他方には舞踏歌,牧歌,お針歌などの形で奔放な生活感情を歌った民衆歌謡の流れがあり,これがリュトブフ(13世紀)の嘆き節を経て,中世最後の詩人といわれるフランソア・ビヨン(15世紀)につらなる。ほぼ同じ時期に最後の宮廷詩人シャルル・ドルレアンもいて,ともにバラードやロンドーといった定型詩の代表作を残した。 いちはやくルネサンスに入ったイタリアでは,すでに14世紀にダンテが《神曲》《新生》を,ペトラルカがソネット形式による甘美な抒情詩を書いていたが,16世紀までには他のヨーロッパ諸国にもその影響がひろがる。…

※「シャルル・ドルレアン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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