シュポール/シュルファス(読み)しゅぽーるしゅるふぁす(英語表記)Supports/Surfaces

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

シュポール/シュルファス
しゅぽーるしゅるふぁす
Supports/Surfaces

1970年代初頭に、南フランスを中心に活動した芸術家のグループ、またその運動。「シュポール」とは「支持するもの」、「シュルファス」は「表面」を意味する。最初期のメンバーにクロード・ビアラClaude Viallat(1936― )、ダニエル・ドゥズーズDaniel Dezeuze(1942― )、バンサン・ビウレスVincent Bioulès(1938― )、マルク・ドゥバドMarc Devade(1943―83.)、パトリック・セトゥールPatric Saytour(1937― )、アンドレ・バランシAndré Valensi(1947― )がいて、のちにルイ・カーヌLouis Cane(1943― )、ベルナール・パジェスBernard Pagès(1940― )、ノエル・ドラNoël Dolla(1945― )が加わった。語呂合わせのようなグループ名は、1970年9月、パリ市立近代美術館で開催された前述の最初期のメンバーたちによる展覧会に際して、ビウレスが発案したものである。

 グループ名の「シュポール=支持するもの」も「シュルファス=表面」も、絵画芸術の物質的な次元にかかわる。絵画の問題とは、たとえばカンバスの布などによって絵具を「支持」する(そこから一般にそれら布や紙は絵画の「支持体」と呼ばれる)ことによって成立する、「面」という物質的な次元にかかわる問題なのだという彼らの考えがグループ名から読みとれる。「シュポール」と「シュルファス」のあいだの「/」(スラッシュ)は、両者の同じとも別のものともいえない独特の関係を表している。こうした「/」の用法は、当時彼らに読まれていた構造主義の思想(とりわけジャック・ラカン)から借りている。さらにセトゥールは、絵画をそうした物質のレベルで再考するという試みを絵画の「脱構築」であると論じ、ここではポスト構造主義(とりわけジャック・デリダ)の哲学が参照されている。

 このグループはまた、68年の五月革命以後の「異議申し立て」の時代に活動を開始したのにふさわしく、ほかにもさまざまな思想との連携をとった。政治的にはフランス共産党や毛沢東主義に、文学的には雑誌『テル・ケル』に接近、さらにその『テル・ケル』経由で精神分析学にも強い関心を抱いた。また自分たちでもグループの理論誌『絵画―理論手帖』Peinture-Cahiers théoriquesを71年に創刊した。

 彼らの作品の特徴としては、次の3点が挙げられる。第一にグループ名に示されているように、絵画を物質的なものとしてとらえること。その結果カンバスは木枠から外され(ドゥズーズ)、吊るされたり切られたり(ビアラ)、また丸ごと染色液につけられることになる(カーヌ)。第二には作品制作を「創造」というよりは「労働」としてとらえ返そうとすること。これは無論マルクス主義的な発想もとづくものであり、作品は手仕事の跡を強調する。こうして、たとえば布を折り畳んだときにできる襞(ひだ)がそのまま作品の一部となっていたり(セトゥール)、単純な反復作業の結果が作品として提示される(パジェス、ビアラ)。第三に全体に明るくまた穏やかな色彩。この点では彼らの芸術も古典主義以来のフランス芸術の伝統に連なる。以上3点の結果として、彼らの作品は、彼ら自身の難解な理論への傾倒とは対照的に、暖かみのある、親しみやすいものともなっている。

 しかしこのグループには、当時の理論派にありがちなメンバー同士の分裂が絶えなかった。メンバー全員が「シュポール/シュルファス」名のもとに揃った展覧会は、71年6月、ニース市立劇場で行われたものが最後である。

[林 卓行]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

シュポール/シュルファス
シュポール・シュルファス
supports/surface(仏)

1968年の5月革命以後,あらゆる制度的なものへの問い直しを行なったフランスの美術集団とその展覧会名。 60年代末から活動していた南仏の C.ヴィアラ,D.ドゥズーズ,V.ブィウレス,P.セトゥールらにパリの L.カーン,M.ドヴァドらが合流して 70年にパリで初のグループ展。シュポールは支持体すなわちカンバスや板のこと,またシュルファスは絵画表面のことで,絵画の本質的な成立過程と制度性を問い直すために,木枠なしの布を用いたり,絵具の染め込みや同一パターンの繰り返しなどを用いた。後にカーンとドヴァドは『絵画・理論誌』を創刊し,さらに理論を急進化させ,政治・社会の制度への問い直しにまで及んだため,あくまで絵画の表現にこだわるヴィアラらと対立し,72年解散に至った。 60年代末~70年代初頭の各国の一連の表現に並行する動向である。

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百科事典マイペディア の解説

シュポール/シュルファス

シュポールはフランス語で〈支持体〉,シュルファスは〈表面〉のこと。1968年パリの五月革命を反映し,絵画を成立させてきた既存の制度を検証し直す運動。1960年代末から南フランスで活動を始めていたクロード・ビアラ〔1936-〕,ダニエル・ドゥズーズらとパリのルイ・カーヌらが合流し,1970年パリで〈シュポール/シュルファス〉展を開催した。木枠を使わない布に反復パターンを着彩し,床に置き,または垂らすなど,壁面に囚われないあり方を探った。理論的対立のためグループとしての活動は1972年で終わった。

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