コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ジグムント[1世] ジグムント

1件 の用語解説(ジグムント[1世]の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

ジグムント[1世]【ジグムント】

ポーランド国王(在位1506年―1548年)。ロシアと3度戦って勝ち,ドイツ騎士修道会を破って東プロイセン公国を建てた。通貨改革,農業振興など内政改善に努力し,学術保護にも熱心でルター主義の導入と伝播もその成果の一つ。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典内のジグムント[1世]の言及

【ポーランド】より

…しかし,リトアニアと結び付くことで,ポーランドは新たな対外問題に直面することにもなった。すでに1525年,ルター主義の普及で崩壊の危機にしたドイツ騎士団を,ジグムント1世父王Zygmunt I Stary(1467‐1548。在位1506‐29)はプロイセン公国としてその保護下に置いたが,61年にジグムント2世アウグストZygmunt II August(在位1529‐72)は,同じ危機に直面したリボニアの刀剣騎士団の旧領地の西半分をクールラント公国としてその保護下に置くとともに,その東半分をポーランドに併合してしまった。…

【ポーランド美術】より

…ブワディスワフ2世ヤギエウォは1418年ルブリンの王宮礼拝堂その他に,またカジミエシュ4世も1470年プスコフの画家に依頼してクラクフのバベル城内大聖堂の礼拝堂にビザンティン・ロシア様式のフレスコ画を描かせている。 16世紀はじめ,若き日にハンガリーの宮廷でマーチャーシュ1世以来のイタリア・ルネサンスの成果に接したジグムント1世父王は,ハンガリーで制作していたフィレンツェの芸術家たちをクラクフに呼び,バベル城の王宮をルネサンス様式で再建させ,大聖堂内に,東欧における現存するルネサンスの最高傑作であるジグムント礼拝堂を作らせた。それらはポーランドのルネサンスの嚆矢(こうし)であり,貴族や高位聖職者によって模倣された。…

※「ジグムント[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ジグムント[1世]の関連キーワードカンバーランド川ポズナンポーランド回廊ポーランド語ポーランド分割ポーラメリーランドポーラータイ阪東宏ザジツキ

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone