ジョージ ミッチェル(英語表記)George Mitchell

20世紀西洋人名事典の解説

ジョージ ミッチェル
George Mitchell


1899.3.8 - 1972.5.27
演奏家,銀行家
ケンタッキー州ルイスビル生まれ。
ミンストレル・ショーで腕を磨き、1919年シカゴに進出する。’20年代キャロル・ディッカーソンやデイブ・ペイトンのバンドで演奏し、’26年ジェリー・ロール・モートンのセッション名演を残す。’29年アール・ハインズ楽団で活動するが、’31年ジャズ界を離れ、銀行員となる。代表作に「ザ・コンプリート・ジェリー・ロール・モートン」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2012の解説

ジョージ ミッチェル
George John Mitchell


国籍
米国

専門
政治家;法律家

肩書
米国民主党上院院内総務;米国中東和平担当特使

生年月日
1933/8/20

出生地
米国 メーン州ウォータービル

学歴
ボードウィン大学〔1954年〕卒;ジョージタウン大学法律大学院修了

経歴
父はアイルランド系、母はレバノン移民の日雇い労働者の家庭に生まれ、アルバイトで学資を稼ぎながら大学院まで進んだ苦労人、弁護士の資格をもつ。1960〜62年司法省勤務、’62〜65年メーン州民主党のマスキー上院議員の補佐官、法律事務所共同経営者を経て、’77〜80年メーン州で連邦検事、連邦地裁判事を歴任。’80年5月マスキー上院議員の後任として知事指名で上院議員となり、’89年1月〜95年民主党上院院内総務を務めた。’95年上院議員退任。この間、’87年にはイラン・コントラ事件特別調査委員会で活躍。’95年北アイルランド問題特使となり、’96年6月北アイルランド紛争和平会議議長に就任。’98年4月英国、アイルランド両政府間の最終和平合意をとりつけた。’99年よりベルファストのクイーンズ大学名誉総長。2001年5月中東和平国際委員長として衝突の即時停止を訴えた報告(「ミッチェル報告」)を発表。2003年よりワシントンD.C.にある法律事務所・DLA Piperのパートナー。2009年1月オバマ政権の中東和平担当特使に任命される。2011年5月特使を辞任。一方、野球をこよなく愛し、2002年からレッドソックスの取締役を兼任。2006年3月MLBコミッショナーより野球界の薬物汚染調査を依頼され、2007年409ページにも及ぶリポートを発表した。

受賞
KBE勲章〔1999年〕;自由勲章〔1999年〕

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

今日のキーワード

栄典制度

社会に対する功労者の栄誉を表彰するために国法上与えられる特殊な地位に関する制度。大日本帝国憲法時代には,爵,位,勲章および褒章があり,その授与は天皇の大権事項であった(15条)。日本国憲法下にいたって...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

ジョージ ミッチェルの関連情報