スイス史(年表)(読み)すいすしねんぴょう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スイス史(年表)
すいすしねんぴょう

B.C.58ヘルベティア人、カエサルに敗北、ローマ化始まる
B.C.15ラエティア人征服され、全スイス、ローマの支配下に入る
A.D.5世紀中期西スイスにブルグント人、北東スイスにアラマン人定住
843ベルダン条約締結、中部・東フランクの境界線がスイス上を通る
888高地ブルグント王国建設、西スイスその版図内に入る
936オットー1世治下に東スイス、ドイツ領となる
1032スイス全域、神聖ローマ帝国の版図へ
1200ころサン・ゴタルド峠開削
1218ツェーリンガー家断絶。遺領のうち、東部はハプスブルク家、西部はサボイア家に帰属
1231ウリ、「帝国自由」の特許状を得る
1240シュウィーツ、「帝国自由」の特許状を得る
1242ニートワルデン、事実上「帝国自由」を獲得
1273ハプスブルク家のルードルフ1世、皇帝に選出さる(~1291)。ウリの特許状のみ承認
1291原初三州(ウリ、シュウィーツ、ウンターワルデン)の永久同盟成立
1315モルガルテンの戦いに勝ち永久同盟を更新
1332ルツェルン、同盟に参加
1336チューリヒ、ツンフト(ギルド)革命に成功
1351チューリヒ、同盟に参加
1352ツーク、グラールス、同盟に参加
1353ベルン、同盟に参加。八州同盟成立
1386ゼンパッハの戦い
1388ネーフェルスの戦い。ハプスブルク軍を撃退
1415ハプスブルク家の根拠地アールガウを占拠し、共同支配地とする
1436古チューリヒ戦争勃発(ぼっぱつ)、同盟分裂の危機
1460トゥールガウ地方征服、ハプスブルク家の勢力をスイスより排除
1474ブルゴーニュ公国シャルル(豪胆公)、西スイスに侵入(ブルゴーニュ戦争)
1476ムルテンの戦い、ブルゴーニュ軍に勝利
1481シュタンスの和約。内部対立を克服して、フリブール、ゾーロトゥルン、同盟に参加
1499シュワーベン戦争。ドルナハの戦いでハプスブルク軍に勝利し、スイス事実上の独立を獲得
1501バーゼル、シャフハウゼン、同盟に参加
1513アッペンツェル、同盟に参加、十三州同盟成立
1515マリニャーノの戦いの敗北。スイス膨張政策の終わり
1516フランスとの「永久同盟」を締結。スイス中立の始まり
1519ツウィングリ、宗教改革に着手
1521傭兵契約を中心に対仏同盟を強化
1528ベルン、宗教改革実施
1529カトリック5州、キリスト教同盟を結成。第一次カッペルの戦い
1531第二次カッペルの戦い。ツウィングリ戦死、スイス内の新・旧教の和解なる
1536ジュネーブ、ベルンと同盟。カルバンの第1回ジュネーブ滞在(~1538)
1541カルバン、ふたたびジュネーブの宗教改革に取り組む
1553カルバン、事実上の神政政治を確立
1566『第二スイス信条』の成立。カルバン派とツウィングリ派の一致信条
1597宗教的理由により、アッペンツェル州、アウサーローデンとインナーローデンの2準州に分裂
1647ウィルの「防衛軍事協定」なる。初めての全スイス国防協定
1648ウェストファリア条約によりスイスは国際法上独立
1653各地に農民反乱起こる
1656第一次フィルメルゲン戦争。ふたたび宗教戦争起こる
1663対仏同盟の更新
1674外交基本政策としての武装中立宣言
1685ナントの王令廃止、フランスの新教徒多数流入
1712第二次フィルメルゲン戦争勃発
1791ボーの革命。フランス革命の影響及ぶ
1798ヘルベティア共和国樹立
1803ナポレオン1世の調停条約により、19州よりなるスイス連邦成立
1815ウィーン会議において、スイスの永世中立が承認され、22州よりなるスイス同盟成立
1830七月革命の影響で、自由主義が各地で台頭
1833バーゼル州、都市部と農村部に分裂
1841アールガウの修道院解散問題起こる
1845カトリック7州分離同盟を結成
1847分離同盟戦争、カトリック州敗北
1848スイス連邦憲法制定
1856ヌーシャテル紛争(~1857)
1864国際赤十字社本部、ジュネーブに創立
1874スイス連邦憲法改正、中央集権を強化
1891連邦憲法の部分改正に対する「国民発議権」が承認される
1914第一次世界大戦勃発、中立宣言
1918ゼネスト不成功に終わる
1920国際連盟加入、制限中立の立場をとる。連盟本部ジュネーブに設置
1938絶対中立に復帰、事実上国際連盟より脱退
1940ギザン将軍、レドゥイット・プランを発表
1945国際連合設立会議に不参加。中立主義の立場を維持
1960EEC(ヨーロッパ経済共同体)に参加せず、EFTA(ヨーロッパ自由貿易連合)を創設して参加
1963ヨーロッパ会議に参加
1971女性参政権の承認
1972拡大ECと欧州自由貿易地域協定を締結
1979ジュラ州の誕生、23州の連邦制となる
1981男女同権条項が連邦憲法に盛り込まれる
1984女性の連邦閣僚選出さる
1985夫婦平等法が国民投票で採択
1986政府の国連加盟提案を国民投票で否決
1989軍隊廃止の国民発議を国民投票で否決
199118歳選挙権、国民投票で決定。建国700年記念祝典
1992EEA(ヨーロッパ経済地域)加盟を国民投票で否決
1994国連平和維持軍(PKF)への参加を国民投票で否決
1996レト・ロマン語を第四の公用語として国民投票で認める。イタリア語を用いるスイス・イタリア大学がティチーノ州に開学
1997ナチス・ドイツが収奪し、スイスの銀行に保管されていたユダヤ人資産問題、返還により和解
1998マネー・ロンダリング法施行
1999ルート・ドライフスが女性として初の大統領に就任
200016世紀創立の神学校を起源とするルツェルン大学が総合大学として開学
2001国連平和維持活動(PKO)へのスイス軍の参加を、国民投票で承認。ヨーロッパ連合(EU)早期加盟の是非を問う国民投票は否決された
2002政府の国連加盟案を国民投票で可決、9月国連加盟
2005シェンゲン協定とダブリン条約への加盟を国民投票で可決。大手製薬会社ラ・ロッシュはインフルエンザ治療用の薬剤「タミフル」の増産計画を発表。蒸留酒「アブサン」の製造・販売を解禁
2006州(カントン)ごとに行われてきた教育制度の全国的な統一を図る憲法改正を問う国民投票が行われ、可決された
2007ルフトハンザ・ドイツ航空がスイス・インターナショナル・エアラインズ(旧スイス航空)を完全子会社化
2008金融危機に伴い経営が悪化した銀行最大手UBSに対し、政府が公的資金60億スイス・フランを注入
2009日本・スイス経済連携協定(EPA)署名

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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