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スタナップ Stanhope, Charles, 3rd Earl Stanhope

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スタナップ
Stanhope, Charles, 3rd Earl Stanhope

[生]1753.8.3. ロンドン
[没]1816.12.15. ケント,チェブニング
イギリスの政治家,自然科学者。 1774年ピット (小) の姉妹ヘスターと結婚。アメリカ独立革命期に政権をになった F.ノース内閣に反対。議会の民主化を求める革命協会 (1788創立) の会長となり,イギリス国内の改革運動とフランス革命に共感をいだき対フランス戦争に反対し,議会の改革勢力を指導。 95~1800年の間,少数派として上院議員の地位から離れた。実験科学者としては多くの物理実験や器具の発明を試み,印刷機,顕微鏡レンズ,計算器,強力セメント,人造タイルなどを発明,製作し,ニューカッスルからロンドンまでの蒸気機関をもつ石炭輸送車を開発した。またブリストル海峡から自領のあるデボンシャー,ホルズワジーまでの運河開削を計画し,艀 (はしけ) の水位を高めたり低めたりする方法を実験した。

スタナップ
Stanhope, James, 1st Earl Stanhope

[生]1673. パリ
[没]1721.2.5. ロンドン
イギリスの軍人,政治家。 1695年フランドルで志願兵として従軍。スペイン継承戦争ピーターバラ (伯) の次席指揮官としてイベリア半島に転戦,1710年捕虜になった。 12年釈放され帰国。 01年より下院議員に選ばれていたが,帰国後はホイッグ党指導者として政治に専念。 14年ジョージ1世の即位とともに国務大臣になり,17年 R.ウォルポールやタウンゼンド子爵の辞任後大蔵総裁兼大蔵大臣に就任して政府を指導。 18年伯爵。 20年南海泡沫事件が起り,みずからは潔白であったため収賄政治家たちへの糾弾を主張,その一人の非難を浴び,答弁に立上がったまま昏倒し,翌日死去。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スタナップ
すたなっぷ

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