スティーブ ウィンウッド(英語表記)Steve Winwood

20世紀西洋人名事典の解説

スティーブ ウィンウッド
Steve Winwood


1948 -
音楽家
バーミンガム生まれ。
15歳の時、スペンサー・デイヴィス・グループに入り、1967年トラフィックを結成する。’69年ブラインド・フェイスに参加し、’70年にはトラフィックを再編する。’75年からツトム・ヤマシタズ・ゴーなどでミュージシャンセッションする。’80年「ユー・シー・ア・チャンス」がヒットし、2枚目の「アーク・オブ・ア・ダイバー」も大ヒットする。4枚目「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」は日本でも人気となる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2012の解説

スティーブ ウィンウッド
Steve Winwood


国籍
英国

専門
ミュージシャン

グループ名
グループ名=トラフィック〈Traffic〉

生年月日
1948/5/12

出生地
バーミンガム

経歴
1962年弱冠14歳で兄マフ・ウィンウッドの率いるジャズ・バンドで活躍。’63年兄とともに結成したスペンサー・デービス・グループにボーカル兼キーボード奏者として参加し、’64年シングル「ディンプルズ」でデビュー。同バンドでは「キープ・オン・ランニング」「ギミ・サム・ラビン」「アイム・ア・マン」などのヒット曲を生み出し、若くしてスターダムにのし上がった。’67年同バンドを脱退してデーブ・メーソンらとトラフィックを結成し、名盤と評価の高い「ミスター・ファンタジー」「トラフィック」を発表。’69年トラフィックの活動を一時中止にしてエリック・クラプトンらのブラインド・フェイスに参加し、ファーストアルバム「スーパージャイアンツ」で英米チャート1位を獲得したが、半年で解散。その後、トラフィックの活動を再開し、’70年サードアルバム「ジョン・バレーコン・マスト・ダイ」をリリースした。’74年トラフィックを解散してからはツトム・ヤマシタ率いるゴーやファニア・オールスターズのサルサ・アルバムなどいくつかのプロジェクトに参加したのを経て、’77年アルバム「スティーブ・ウィンウッド」でソロデビュー。’80年のセカンドアルバム「アーク・オブ・ア・ダイバー」はのべ700万枚を売り上げる大ヒットとなり、’87年の「バック・イン・ザ・ハイライフ」は全米5位にランクインし、グラミー賞ベストアルバム賞に選ばれた。’89年初来日。’90年代以降は自身のソロアルバムだけでなく、トラフィック時代の同僚ジム・キャパルディと協力し、’94年トラフィック名義によるアルバム「ファー・フロム・ホーム」をリリース。2004年フジ・ロック・フェスティバル出演のため3度目の来日。同年にはトラフィックとしてロックの殿堂入りを果たした。他のソロアルバムに「トーキング・バック・トゥ・ザ・ナイト」「ロール・ウィズ・イット」「アバウト・タイム」などがある。

受賞
グラミー賞(ベストアルバム賞)〔1987年〕「バック・イン・ザ・ハイライフ」

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

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