センスス・コムニス(読み)せんすすこむにす(英語表記)sensus communis ラテン語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「センスス・コムニス」の意味・わかりやすい解説

センスス・コムニス
せんすすこむにす
sensus communis ラテン語
common sense 英語
sens commun フランス語
Gemeinsinn ドイツ語

通例、「共通感覚」と「常識」という二つの意味に区別される。この二つの概念にあっては、sensusの意味もcommunisのさすものも異なっている。sensusは、共通感覚の場合には「感覚能力」の意味であり、常識の場合には「ものの考え方」もしくは「意見」の意味である。これに応じて「共通」であるものも、前者の場合には「諸感覚に共通した」の意味であるのに対して、後者の場合には「人々の間で共通の」という意味である。このように分析すれば、第三の意味として「人々に共通した判断能力」をたてる可能性が現れてくる。そして事実、そのような概念もまた存在した。これら三者の間には微妙な相関関係がある。これらを順次みてゆくことにしよう。

佐々木健一

共通感覚

五感を統括する内部感覚としての共通感覚という概念は、アリストテレスに始まり、スコラ哲学に継承された。その機能は、まず相異なる感覚のデータを識別することである。たとえば角砂糖は、視覚的には白いものであり、味覚上は甘いものである。この白さと甘さをわれわれは混同することなく感じ分けている。それは感覚の働きではあるが、視覚や味覚の上位にあるものである。そこでアリストテレスは共通感覚koinē aisthēsisギリシア語)というものを措定し、これにその機能を帰した。しかし、白さと甘さを感じ分けることは、それぞれ視覚により、味覚によって感じ取っているのだということを知っているからこそ可能なことであろう。すると共通感覚は、感覚作用そのものについての反省的意識を伴うことになる。さらに、白さと甘さを角砂糖という同一の対象に関係づけることや、対象の大きさや運動もしくは静止の状態などを知覚する働きの能力とされる場合の共通感覚は、なるほど五感を総合する能力ではあるが、すでに感覚というよりも精神の働きとみるべき点が多い。なお内部感覚としては、共通感覚のほかに、像を保存する記憶と、その像を呼び出す想像力がたてられたが、スコラ哲学を経て近世になると、たとえばデカルトにおいて、この三者は一つの器官の働きとみなされるようになる。

[佐々木健一]

常識

センスス・コムニスに相当する近代語はどれも、日常用語としては常識を意味するが、この概念は古典ラテン語にさかのぼる。キケロセネカの文中に現れる「センスス・コムニス」は、世間の人々が共有しているものの感じ方、考え方のことである。

 常識概念を哲学の中心に据えたのは、18世紀スコットランドの「常識学派」である。彼らは、事物の実在を単なる観念に還元したヒューム懐疑主義を克服するために、常識を手だてとした。その代表者であるトマス・リードは、外界の事物から感覚的な刺激を受け取ると同時に、われわれは知覚の作用においてその事物の現存を確信する、と考えた。この確信こそ常識である。彼が常識の原理としてたてたものには、このほか、数学や論理学の公理、因果律、自我の存在、善悪の区別などがあり、これらは理性が自明のものとして認める原初的事実であって、いっさいの論証に先だち、その基礎になるものである。その後、常識は英米の哲学の基本概念の一つとなっており、代表的な論者としてはパースムーアがいる。パースは常識が変動するものであることを認めたうえで、生涯における信の習慣としてこれを規定したし、また「批判的常識主義」を唱え、また日常言語学派の始祖に数えられるムーアは、常識を擁護して観念論を批判した。

[佐々木健一]

人々の共有する判断力

常識を意味するセンスス・コムニスは、そのまま常識を認識する知的能力の意味でも用いられる。すなわち「人々に共通の判断力」である。常識哲学派の祖としてシャフツベリ伯がいる。彼はローマ的な常識の概念を称揚し、この公共の善や行動の準則についての認識が自然的傾向に基づくものであるとして、この認識能力を道徳感覚moral senseとよんだ。彼にとって善と美は一つのものであるから、道徳感覚は美の判断力でもある。この概念は彼の弟子であるハチソンによって継承され、行為、感情、性格を対象とするものは同じく道徳感覚とよばれたが、規則性、秩序、調和の美を知覚する能力は内部感覚internal senseとして区別されるようになった。対象の感覚的質の把握を越えて、このような総合的な判断の働きがアリストテレス的な共通感覚のなかに含まれていたこと、また記憶と想像力をあわせた内部感覚がデカルトにおいて共通感覚の名のもとに一元化することは、前述した。この直観的総合的な判断力の普遍性の根拠は、シャフツベリ伯やハチソンでは創造主に置かれているが、無神論的なフランス啓蒙(けいもう)主義においては、人体の自然の仕組みの同一性に置かれるようになる(ディドロ‐ダランベール『百科全書』「sens commun」)。このような思想展開の終わりにカントは、常識gemeiner Verstandとは別の意味で、普遍的な美の判断力である趣味こそセンスス・コムニスGemeinsinnとよぶのにふさわしいと指摘している(『判断力批判』)。

 このようにセンスス・コムニスは、元来多義的な術語であるが、その複数の意味が影響しあい融合して、総合的もしくは公共的で、直観的・非論証的な認識をさす概念となっているといえよう。

[佐々木健一]

『中村雄二郎著『共通感覚論』(1979・岩波書店)』『ハチスン著、山田英彦訳『美と徳の観念の起原』(1983・玉川大学出版局)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内のセンスス・コムニスの言及

【常識】より

…その一つは,社会のなかで人々が共通(コモン)にもつまっとうな判断力(センス)というとらえ方のなかでの,〈社会的な共通性〉の意味であり,もう一つは,諸感覚(センス)に相わたって共通(コモン)で,しかもそれらを統合する根源的感覚(共通感覚)というとらえ方のなかでの,〈諸感覚の共通性〉の意味である。そして普通,コモン・センスというと,前者(社会的判断力)だけしか考えられないが,もともとコモン・センス(ラテン語ではセンスス・コムニスsensus communis)とは,後者(共通感覚)のことだったのである。〈共通感覚〉の考え方はすでにアリストテレスに見られ(コイネ・アイステシスkoinē aisthēsis),その働きとして,個別感覚ではとらえられない運動,静止,形,大きさ,数などを知覚することが挙げられ,またその働きはほぼ〈想像力〉と同列に置かれている。…

※「センスス・コムニス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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