ソビエト文学(読み)ソビエトぶんがく

改訂新版 世界大百科事典 「ソビエト文学」の意味・わかりやすい解説

ソビエト文学 (ソビエトぶんがく)

1917年以降のソ連邦内の文学を総称して通例ソビエト文学と呼ぶ。しかしその主体をなすものは,1000年の歴史をもつロシア文学であり,そのため革命後のロシア文学を革命前のロシア文学と区別してソビエト文学と称することがある。日本で習慣的に用いられているロシア・ソビエト文学という用語法はその一例である。旧ソ連邦では,革命後のロシア文学はRusskaya sovetskaya literatura(英語ではSoviet Russian Literature.〈ソビエト・ロシアの文学〉の意)と呼ばれ,広義のSovetskaya literatura(ソビエト文学)と区別されて用いられていた。後者はまた〈多民族より成るmnogonatsional'naya〉という形容語をつけて用いられることが多かった。

元来,労働者代表の会議を意味するソビエトという用語は,革命後10年ほどたつうちに連邦国家全体を指す言葉として定着し,国家・領土を指す意味内容をもってくる。この場合ソビエト作家とは,ソ連邦内に住み,ソ連邦を構成する民族の言語で書く作家を指す。ソビエト文学という呼称は,まずこのように領土的概念に基づいて用いられるが,この場合,亡命ロシア作家は自動的にソビエト文学から排除されることになる。第2に,ソビエト文学という言葉がイデオロギー的含みをもって用いられる場合,言いかえるならばソビエトという言葉が社会主義ないし共産主義イデオロギーの同義語として使われる場合,ソビエト市民であっても,国の公的教義を受け入れなければ(社会主義リアリズムという教義を認めない場合も含む),作家は非ソビエト的ないし反ソビエト的とされ,ソビエト文学から排除されることになる。ソルジェニーツィンは追放されて亡命作家になる前に,イデオロギー的理由でソビエト的作家ではないと規定されていた。

 〈非ソビエト〉〈反ソビエト〉とされる基準は恒常的ではなく,その時々の状況に応じて修正されるから,イデオロギー的に規定されるソビエト文学の領域も絶えず変化することになる。スターリン時代に粛清されたバーベリピリニャーク,マンデリシェタムらは後にソビエト作家として復権された。フランスに亡命したブーニンのように,死後ロシア文学の正統を継ぐ作家として認知される場合もある。サミズダートと呼ばれる地下文学,本人は国内にとどまっているが作品が国外で出版される,いわゆる〈輸出専門文学〉(パステルナークの《ドクトル・ジバゴ》がその典型)は,ソビエト文学の枠外にあったが,時代の動向しだいではソビエト文学として認知される可能性は残されていた。

ソビエト文学は,〈形式においては民族的,内容的には社会主義的〉(スターリン)であると定義されている。ソビエト文学の基本的創作および批評の方法は社会主義リアリズムであるが,その理論的源泉は,ベリンスキーチェルヌイシェフスキードブロリューボフなど,19世紀の〈革命的民主主義者〉の〈功利的〉美学に求めることができる。社会主義リアリズム論に基づいて具体的に要求される項目は,大きく分けて三つある。まず〈イデイノスチ(思想性)〉と〈パルティイノスチ(党派性)〉である。思想性は文学に思想的〈内容〉を要求する。いわゆる〈フォルマリズム的傾向〉を,形式的には美しくても内容を欠いているとして拒否する。党派性はレーニンの用語で,文学における共産主義精神の発揚を目ざす。第3の項目は〈ナロードノスチ〉で,スターリンの〈形式においては民族的〉という定義に由来するが,この言葉には民族性以外に,民衆性,国民性などの意味があって,その多義性ゆえにその適用においてはさまざまな混乱が見られる。1950年代に現れた〈農村派文学〉は,体制批判の側面をもっているが,〈ナロードノスチ〉があるという理由で反体制という批判を免れていた。なおソビエト期のロシア文学の具体的叙述については,〈ロシア文学〉の項を参照されたい。

ソ連邦はその前身であるロシア帝国と同じく,ロシア民族を中核とする多民族国家であって,その領土内には72の言語をもつ民族が居住していた。帝政時代には個々ばらばらであったこれら諸民族の文学は,ソビエト時代に入って理念的には〈単一の社会的イデオロギー的傾向性,ヒューマニスティックな理想と美的原則の共通性によって統一された,確たる芸術的総体〉(《簡約文学百科》1962-78,モスクワ)であるソビエト文学を形成すると定義された。多民族文学の国家理念に基づいたこのような統一の方向の模索は,インド文学を除けば他にあまり例はない。

 各民族文学はきわめて多様な成立過程,特色をもっており,ロシア文学と匹敵する,ないしはそれ以上の歴史をもつ文学が多い。これらの文学の主要なものは,(1)東スラブ語系(ウクライナ,白ロシア)文学,(2)バルト3国の文学,(3)カフカス地方(アルメニアグルジアなど)の文学,(4)チュルク語系・イスラム系諸民族の文学である。

古代ロシアの首都キエフは1240年モンゴル軍に攻略されて以来衰微し,今日のウクライナ,白ロシア(現ベラルーシ)に当たる地方は14世紀になって,リトアニアポーランド連合の支配下に入った。ウクライナはその後17世紀に,白ロシアは18世紀にロシア領となった。ポーランド語,教会スラブ語などの影響を排し,民衆語の要素をとり入れて近代ウクライナ文学語を創始した功績は,18世紀末の詩人哲学者スコボロダGrigorii Skovoroda(1722-94),ウェルギリウスの《アエネーイス》にもとづく戯作《エネイーダ》(1798)で知られるコトリャレフスキーIvan Kotlyarevskii(1769-1838)に帰せられる。ウクライナ・ロマン主義運動は民族の自覚を生み,国民詩人シェフチェンコにおいて頂点に達する。19世紀後半から1905年の第1次革命まで,ロシア化政策が強行され,ウクライナ語は禁圧されたため,ウクライナ文学の活動は主としてオーストリア領ガリツィアで行われた。シェフチェンコ以後の最大の詩人I.フランコはその代表的人物である。革命前の作家としてはコツユビンスキーMikhail Kotsyubinskii(1864-1913),革命後の代表的作家としては象徴派出身のトゥイチナPavel Tychina(1891-1967),新古典派的詩人のルイリスキーMaksim Ryl'skii(1895-1964),演劇のコルネイチュークがいる。近代白ロシア文学の成立は1840年代であるが,急速な発展を見たのは1905年以降のことである。詩人クパーラ,コーラスYakub Kolas(1882-1956)がその代表的作家である。

北のエストニアは言語がウラル語族フィン語派に属し,ラトビア,リトアニアはともにインド・ヨーロッパ語族のバルト語派に属するが,歴史的・文化的には,エストニア,ラトビアの両国に共通点が多い。この両国は北欧諸国,ドイツ騎士修道会に領有されドイツ的影響を強く受け,18世紀のピョートル1世時代にロシアに併合されたが,1816-19年にいち早く農奴解放が行われ,ロマン主義時代には近代文学の基が築かれた。リトアニアはポーランドおよびカトリックとのつながりが強い。14世紀にはヨーロッパの一大強国だったこともあるが,やがてポーランドと合体,18世紀末のエカチェリナ2世時代にロシアに併合された。十月革命後の1918年,バルト3国は独立共和国となるが,40年ソ連邦に統合された。エストニアの小説家タンムサーレ,ラトビアの詩人ライニス,社会主義リアリズムを代表する小説家ウーピトAndrei Upit(1877-1970),リトアニアの詩人メジェライティスEduardas Mezhelaitis(1919- )が代表的な作家であるが,ソ連邦に非常時下に統合されたという経緯から3国とも数多くの亡命作家を生み出した。

ザカフカス(アゼルバイジャン,グルジア,アルメニア)は19世紀になってロシアに併合されたが,いずれも古代にさかのぼる古い歴史をもっている。アゼルバイジャン文学は後述のチュルク語系文学に属するが,グルジア,アルメニア両文学はともに1500年の歴史を有する。グルジアを代表するのは,中世文学の最高峰とされる叙事詩《虎の皮を着た勇士》の作者ルスタベリである。ソビエト期には数多くの詩人が輩出したが,タビーゼTitsian Tabize(1895-1937),ヤシビーリPaolo Yashvili(1895-1937)らスターリン粛清の犠牲となった詩人も多い。アルメニアではキリスト教が世界で最も早く国教化されており,アルメニア文学も19世紀まで,キリスト教会の影響を強く受けている。アルメニアの一部がロシアに併合された後は,トルコ領に残るアルメニア人の担う西方アルメニア文学が独立し,イスタンブールを中心に活躍するが,トルコの弾圧を受け,パリ,ボストンに中心が移っている。ロシアの東方アルメニア文学は,ロマン主義時代に頂点を迎え,ソビエト時代にも困難な状況のもとで詩人チャレンツEgishe Charents(1897-1937),小説家デミルチアンDerenik Demirchyan(1877-1956),ゾリアンStefan Zor'yan(1890-1967)らを生んだ。

アゼルバイジャン,タタールを除いて中央アジアに位置するこれらの民族は,長い抗争の後,19世紀後半になってロシア帝国に服属したが,8世紀にさかのぼる古い文学を有する。11世紀以降イスラムとペルシアの強い影響を受け,15世紀から17世紀にかけてのチャガタイ語文学で盛期を迎える。ソビエト期のチュルク語系文学で代表的なのはウズベク文学,タジク文学で,前者のアイベクAibek(1904か05-68),後者のアイニー,トゥルスン・ザデMirzo Tursun-zade(1911-77)が有名。また小説家として世界的に知られたカザフ文学のアウエーゾフ,キルギス文学のアイトマートフがいる。これらの地域は遊牧民が多く文盲率も高かったので,ソビエト革命の文化的恩恵を最も多く受けたといってよく,数多くのすぐれた作家がソビエト時代に入って生まれている。

革命まで文学をもたなかった民族に作家が生まれるという場合(チュクチ族のルイトヘウYurii Rytkheu(1930- )など)もあるが,文学的には,主としてイディッシュ語で書かれるユダヤ人文学(イディッシュ文学)が重要であり,シャローム・アライヘム以下,ソビエト期にも詩のマールキシ,散文のベルゲリソンDavid Bergel'son(1884-1952)らが登場するが,多くスターリン時代の反ユダヤ政策の犠牲となった。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ソビエト文学」の意味・わかりやすい解説

ソビエト文学
そびえとぶんがく

ロシア文学

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ソビエト文学」の意味・わかりやすい解説

ソビエト文学
ソビエトぶんがく

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