チャン(羌)族(読み)チャンぞく(英語表記)Qiang

改訂新版 世界大百科事典 「チャン(羌)族」の意味・わかりやすい解説

チャン(羌)族 (チャンぞく)
Qiāng zú

古代より中国の西部・北西部(青海,甘粛)に広く居住した北方系の遊牧民族。歴史上,(てい)と密接な関係をもつ。羌(きよう)という文字は,すでに殷代の甲骨文にもあらわれており,一説によると殷王をはじめ殷人の祭祀(とくに祖先祭祀)において犠牲とされたという。羌(古音Kiang)は羊と人の会意文字で牧羊の人の意であり,その音は羊の古音giangに関連したものと考えられている。実際,チャン族は羊を最も神聖視し,それを主要家畜としている。

 古代のチャン族は殷に次ぐ周王朝とも深い関係を有し,武王の殷討伐の際有力な同盟者として参加したが,のち周が中原に進出するとしだいに疎外され,相互に対立するようになった。このような勇敢な遊牧人の羌から周室を守って中原を防御しつつ成長したのが秦である。秦のたび重なる攻撃を受けた羌族は徐々に陝西の山地を西進し,黄河の最上流の〈河皇の地〉に移動したとみられている。漢代以後,これら牧民は〈西羌〉と呼ばれ,その分布地域は広く,湟中(青海省西寧の西方)を中心として南は蜀漢の辺外,すなわち青海,四川雲南,北西は鄯善(ぜんぜん),車師(しやし)つまり今日の甘粛・新疆の地に及んでいる。《後漢書》西羌伝には,これらチャン族の多くの種族名が見え,水と草を求めて季節移動を行っていたようすがうかがえる。この西羌と呼ばれる集団の中には,たとえば,氂牛(りぎゆう)種の越雟羌(えつけいきよう),白馬種の広漢羌,参狼種の武都羌そして研種の羌などがいたことが知られる。なかでも研を首領とし湟中に勢力のあった先零羌(せんれいきよう),焼当羌(しようとうきよう),鍾羌(しようきよう)などは漢の西域経営の一環としてそれまでの匈奴との関係が断ち切られ,湟水を渡って遊牧することも許されなかったなどのこともあってしばしば反乱を起こし,さらに後漢の支配下に入ると漢人の圧迫に抵抗して執拗に反乱を繰り返したため,それが後漢衰亡の一原因となった。

 このような動きの中で五胡十六国時代に至ると焼当羌出身の姚(よう)氏が(後秦。384-417)を建国した。その後,南北朝から唐代にかけて宕昌羌(とうしようきよう),鄧至羌(とうしきよう),白蘭羌(はくらんきよう),党項羌(とうこうきよう)(タングート)などが甘粛・青海・四川一帯に強固な勢力を有して唐と接触を保ったが,のちに吐蕃(とばん)に圧迫され,一部はその支配下に属し,一部は北東の寧夏方面に移動した。なかでもチャン族と関係の深いタングートは11~13世紀の間に西夏国を建てていた。一方,越雟羌,広漢羌,武都羌の一部は南に移住し,史書にいわゆる西南夷の一支として雟(けい),昆明,冉駹(ぜんぼう),白馬,氂牛などと称されて現れてくるが,それぞれ西南中国の各地に移り住み徐々に半農半牧の民と化し,定着していったとみられる。現在西南中国に居住するチャン族をはじめイ(彝)族,ナシ(納西)族,ハニ(哈尼)族などはこれら広義のチャン族系支派の子孫と考えられよう。

 さて,なかでも現在中国の一少数民族であるチャン族は最もその種族的・文化的系譜をひく種族集団である。四川省アバ・チベット(阿壩蔵)族自治州の茂汶(もぶん)チャン族自治県,汶川,理県,黒水,松潘など各県つまり岷江の上流,岷山の山岳地方にかけて居住し,人口約19万8300(1990),地域によってXma,ma,rma,zma(いずれも土着人の意)などと自称する。その言語は,シナ・チベット語族のチベット・ビルマ諸語,チャン語支に属し,方言は大きく南部と北部に分かれさらにいくつかの土語があって方言差は大きい。彼らは高山および山間の寒冷の地に生活するが,生業は一般に半農半牧でトウモロコシ,小麦,青稞(ハダカムギ)などを栽培し,ツァンパ(麦粉)を常食し,牧畜は伝統的に牧羊を行う。その服装は男女とも一般に手織りの麻の長衣に頭巾,脚絆,ベルトそして羊皮のチョッキを着る。家屋は一般に3層から成り,平屋根をもち,屋頂の神龕(しんがん)には白石をまつる。室内にはいろりがあって,壁の上部に祖先の霊位をまつるが,そこは日常の飲食,集会,祝祭日の歌舞,祭祖などのときの重要な場所となる。古くから火葬を行い,土葬,水葬もある。宗教は基本的に多神教で,万物に精霊が宿っていることを認める。神で最も崇拝されているのは,天神,地神,山神,山神娘娘,関聖帝君の5神と各家にまつられる13の家神である。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「チャン(羌)族」の意味・わかりやすい解説

チャン(羌)族【チャンぞく】

中国,四川省西部の山岳地帯アバ・チベット族チャン族自治州の茂県,【ぶん】川県などに主に居住する民族。言語はチベット・ビルマ語系。中国では古代遊牧民〈羌(きょう)〉の末裔といわれる。石積みの家屋や井戸掘り・築堤などの土木建設技術に優れ,また刺繍や絨毯(じゅうたん)などに特徴がある。最近は〈冬虫夏草〉などの漢方薬の採取や果樹栽培などで経済的に発展しつつある。約19万人(1990)。
→関連項目プミ(普米)族

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チャン(羌)族」の意味・わかりやすい解説

チャン(羌)族
チャンぞく
Qiang

中国の四川省北西部に居住するチベット=ビルマ語系の少数民族。人口約 20万 (1990) 。四川省アパチベット (阿 壩蔵) 族チャン (羌) 族自治州が設立されている。古くから文献に出てくる (きょう) の子孫で,かつて青海,甘粛,四川西部一帯に広く活動していた遊牧民であるが,漢代にその一部は農業も始めていた。今日ではチベット高原の一部であるカム高原の東端に住み,農業と牧畜を営む。作物は裸麦,とうもろこしが主で,小麦,大麦,そばもつくられる。おもな家畜は羊と牛である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android