テナガザル(読み)てながざる(英語表記)gibbon

翻訳|gibbon

日本大百科全書(ニッポニカ) 「テナガザル」の意味・わかりやすい解説

テナガザル
てながざる / 手長猿
gibbon

哺乳(ほにゅう)綱霊長目ショウジョウ科テナガザル亜科に属する動物の総称。この亜科Hylobatinaeはテナガザル属Hylobates1属を含む。英名ギボンといい、小形類人猿lesser apesともよばれる。オランウータンとともにアジアの類人猿Asian apesの構成員であり、インドシナ半島を中心に、中国南部、ミャンマービルマ)、アッサム地方、マレー半島、スマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島に分布する。

伊谷純一郎

分類

かつて多くの種に分けられたが、8種とするのが妥当であろう。このうち、大形のフクロテナガザルH. syndactylusは、フクロテナガザル属Symphalangusという別属として扱われたことがある。また、フクロテナガザル以外を2種にまとめ、体色などにみられる変異亜種として扱うという立場もある。

 フーロックテナガザルH. hoolockは、雄は全身黒色、雌は褐色で、両性ともに眉(まゆ)のみが白く、アッサム地方に分布する。シロテテナガザルH. larは、体色は黒、茶、白などの多形を示すが、いずれも手足が白く、マレー半島からスマトラ島にかけて分布する。これとほぼ同じ分布を示すアジルテナガザルH. agilisは、体色の多形は前者ほど顕著でなく、手足の色は体色と同じである。ボウシテナガザルH. pileatusは、頭部の毛の生え方に特徴があり、カンボジア地方に分布する。クロテテナガザルH. concolorは、ベトナムに分布する。ギンイロテナガザルH. molochは別名ワウワウとよばれ、全身銀白または灰色で、ボルネオ島とジャワ島に分布する。クロッステナガザルH. klossiは、ピグミーシァマンともよばれ、全身黒色で、ムンタワイ島に分布する。もっとも大形で全身黒色のフクロテナガザルは、シロテテナガザルと同じく、マレー半島とスマトラ島に分布している。

[伊谷純一郎]

形態

テナガザル類は、フクロテナガザルを除き、頭胴長約50センチメートル、体重は4~6キログラム。フクロテナガザルは、頭胴長60センチメートル、体重は10キログラムを超す。いずれも尾はない。名のとおり前肢が長く、両腕を水平に伸ばすと両指先の間は130センチメートルに達する。フクロテナガザルとクロッステナガザルは、足の第3・第4指の間に皮膜が認められ、2本の指が癒合したようになっている。また、フクロテナガザルは、喉頭(こうとう)部に巨大な袋をもち、これを膨らませ響鳴袋にして大声を発する。新生代第三紀漸新世のエジプトファイユームから出土した霊長類化石のうち、エオロピテクスAeolopithecus、プロプリオピテクスPropliopithecusなどは現生のテナガザル属に似ているといわれており、テナガザル属はヒト上科Hominoideaのなかでもっとも早く分岐したグループと考えられている。

[伊谷純一郎]

生態

テナガザルは、熱帯多雨林の樹上生活者で、前肢で懸垂し、体を前後に振り動かして敏捷(びんしょう)に樹間を腕渡りする。これをブラキエーションbrachiationという。植物食を主とするが、鳥の卵なども食べる。いずれの種も雌雄各1頭とその子からなる典型的なペア型の集団をつくり、子は性的成熟の前後に両性とも生まれ育った出自集団を離れる。集団は厳重な縄張り(テリトリー)をもち、テリトリー・ソングによって接触を避けるが、フクロテナガザルでは、特殊化した発声器官がそれに役だっている。

[伊谷純一郎]


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改訂新版 世界大百科事典 「テナガザル」の意味・わかりやすい解説

テナガザル (手長猿)
gibbon

霊長目オランウータン科テナガザル亜科Hylobatinaeに属する類人猿の総称。ギボンともいう。東南アジア一帯に広く分布しており,おもに毛色の違いに基づいてシロテテナガザルHylobates lar,フーロックテナガザルH.hooloch,クロテナガザルH.concolorなど1属8種に分けられるが,フクロテナガザルだけは別属に分類されることもある。頭胴長は50cm前後であるが,上肢が長く,胴の長さの2.5倍ほどもあるのでこの名がある。尾がないことは他の類人猿と共通した特徴であるが,小さいながらもはっきりとしたしりだこをもっていることでは旧世界ザルに似ている。体の大きさからいっても,雌が雄と同程度に発達した犬歯をもつ点からも,性差はほとんどないといえる。上肢でぶら下がりながら枝から枝へ渡り歩く移動様式(ブラキエーション)が有名で,日常のほとんどの時間を樹上で過ごす。おもに果実を食べる。テナガザル類のすべての種は,成熟した雄と雌のペアとその子どもたちからなる単位集団をもち,それぞれの集団は明確なテリトリーをかまえて,それを他の集団から防衛する。
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百科事典マイペディア 「テナガザル」の意味・わかりやすい解説

テナガザル

ギボンとも。霊長目テナガザル科の類人猿9種の総称。インド東端〜東南アジアに分布。昼行性で森林の樹上に1雄1雌の家族ですみ,果実,葉,昆虫,鳥の卵などを食べる。長い前肢でぶら下がりながら敏速に林内を移動し,飛行中の鳥をも手で捕らえることができる。1腹1子。喉(のど)に大きな袋があるフクロテナガザル(頭胴長75〜90cmほど),手が白いシロテテナガザル(75cm),眉(まゆ)が白いフーロックテナガザル(60cm),クロテテナガザル(45〜60cm)など。
→関連項目サル(猿)類人猿

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「テナガザル」の意味・わかりやすい解説

テナガザル
Hylobatinae; gibbon

霊長目オランウータン科テナガザル亜科のサルの総称。ギボンともいう。体は比較的ほっそりとし,前肢が極端に長い。尾はない。ほとんど樹上で生活し,枝から枝へ長い手を使って巧みに移動する。泳ぎはできない。数頭から成る小群で生活し,特定の地域を占有し,他群の侵入を許さない。シロテテナガザル,フクロテナガザルをはじめ7種以上が知られている。東南アジアの熱帯林に分布する。

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世界大百科事典(旧版)内のテナガザルの言及

【サル(猿)】より

旧世界ザルのコロブス亜科も樹上生活者であるが,オナガザル亜科の種は地上をも利用するものが多い。類人猿はどの種も上肢が下肢に比べて長く,樹上生活への適応を示すが,テナガザルオランウータンは完全な樹上生活者であるのに対して,ゴリラチンパンジーは地上で活動する割合が大きい。つまり,サルは樹上に生活の場を得てサルとして完成されたのち,あるものは再び地上に向かったのである。…

【人類】より

…ここでは類人猿社会について,それらの人間家族との相違点を検討しておくことにしたい。現生のオランウータン科はテナガザル属の8種と大型類人猿の3属4種からなる。テナガザル類はいずれも各1頭の雌雄とその子どもからなる集団をもっている。…

【類人猿】より

…英語ではanthropoid,あるいはapeというが,後者は尾のないサルの意で,クロザルやバーバリーモンキーなど尾の極端に短いサルにもあてることがある。 テナガザル亜科Hylobatinaeとショウジョウ亜科Ponginaeからなり,前者を小型類人猿lesser ape,後者を大型類人猿great apeとも呼ぶ。テナガザル亜科はテナガザルHylobatesの8種からなり,東南アジアを中心に分布する。…

※「テナガザル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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