トレリ

百科事典マイペディア 「トレリ」の意味・わかりやすい解説

トレリ

イタリアの作曲家,バイオリン奏者。トレッリともいう。ベローナに生まれ,ボローニャで音楽修業を積む。17世紀末の数年間ベルリンやウィーンで活動したのち1701年ボローニャに帰り,聖ペトローニオ教会の礼拝堂楽団のバイオリン奏者に就任。以後生涯この地位にとどまった。器楽曲,ことにコンチェルト形式の発展に貢献した作曲家として知られ,コレリに代表される従来の合奏協奏曲コンチェルト・グロッソ)の形態から脱し,独奏協奏曲ソロ・コンチェルト)の様式を確立した。また,代表作として知られる《コンチェルト・グロッソ集》作品8(死後1709年出版)の大半の作品では,教会ソナタソナタ)の緩−急−緩−急の4楽章構成に代わって急−緩−急の3楽章構成がいち早く採用されている。→協奏曲ビバルディ

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

改訂新版 世界大百科事典 「トレリ」の意味・わかりやすい解説

トレリ
Giuseppe Torelli
生没年:1658-1709

イタリアのボローニャ楽派の作曲家兼バイオリン奏者。17世紀末の数年間ベルリンやウィーンなどに滞在したほかは,ボローニャのサン・ペトローニオ教会の楽団に所属していた。ボローニャ楽派の音楽家たちはバランスのとれた音楽形式と,典雅で抒情的な楽想を尊重したが,トレリのシンフォニアや協奏曲やバイオリン・ソナタなどの作品も,この特徴をよく表している。合奏協奏曲から独奏協奏曲への最初の一歩を踏み出した作曲家として名高い。
執筆者:

トレリ
Giacomo Torelli
生没年:1608-78

イタリアの舞台美術家,劇場建築家。最初はベネチアオペラ装置家として活躍し,1645年にパリに招かれてからはフランス・オペラの創始に貢献した。1本の綱の操作による引戸式書割を作って,初めて舞台装置の転換の敏速化に成功。この方法はヨーロッパ中に広まり,19世紀末まで使用された。ほかに機械仕掛けなども工夫し,舞台の〈大魔術師〉と称された。最晩年には故郷ファノに帰り,自ら劇場を建てた。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「トレリ」の意味・わかりやすい解説

トレリ
Torelli, Giuseppe

[生]1658.4.22. ベロナ
[没]1709.2.8. ボローニャ
イタリアの作曲家。バイオリニスト。 1686~95年ボローニャのサン・ペトロニオ大聖堂のビオラ奏者をつとめる。 97~99年アンスバハのブランデンブルク選帝侯の宮廷オーケストラの楽長。 1701年からボローニャに住む。コンチェルト・グロッソの発展の貢献者,バイオリンのソロ・コンチェルトの創始者の一人で,特に6曲のバイオリン独奏協奏曲を含む『作品8』 (1709) が重要。

トレリ
Torelli, Giacomo

[生]1608.9.1. ファノ
[没]1678.6.17. ファノ
イタリアの舞台装置家。 1641~45年ベニスのノビッシモ劇場の装置家。斬新な舞台機構と速い場面転換によって,「大魔術師」の異名をとった。 45~62年パリで活躍,この間に P.コルネイユの『アンドロメダ』の装置を手がけ (1650) ,この作品のスペクタクル的上演に成功した。帰国後,ファノにフォルトゥナ劇場を建設した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android