ナマズ(読み)なまず

改訂新版 世界大百科事典 「ナマズ」の意味・わかりやすい解説

ナマズ (鯰)

ナマズ目ナマズ科淡水魚の1種広義にはナマズ目に属する硬骨魚の総称。ナマズParasilurus asolusは日本のほぼ全土,台湾,朝鮮半島(東海岸を除く)およびアジア大陸の東部一帯に広く分布する。平野部の湖沼や流れの緩やかな河川の泥または砂泥底にすみ,水面に水草の繁茂したところに多い。水の澄んだところでは昼間は物陰に潜み,夕刻から夜間にかけてや雨後の水の濁ったときなどに出てよく餌をあさる。餌は,小魚,カエル,エビ類などの小動物。産卵期は5~6月で,灌漑用の水路や水田などに入って産卵する。形態は頭が大きくて縦偏し,下あごは上あごよりも前に出て口は大きい。眼は小さい。口ひげは成魚では上あごに2本,下あごに2本の計4本だが,稚魚では下あごに4本あって計6本である。体は細長く後方にいくに従って側偏する。うろこはない。背びれは短く小さいが,しりびれの付け根は著しく長く,その後端は尾びれと癒着する。左右の胸びれにはそれぞれ1本の太い棘(きよく)がある。全長25~50cmで雄は雌よりも一般に小さい。

 ナマズは昔から日本各地に多く産し,あの独特の風貌と相まって,日本人とのかかわりも深い。その一つに地震との関係がある。最近では地震の予知にナマズが役だつのではないかとの実験が行われ,伝説と現実の世界との接点がみられる。

ナマズ目Siluriformes(英名catfish)は約2000種を数える硬骨魚類の大集団の一つで,南,北両極を除く地球のほぼ全域に分布する。淡水にも海水にもすむが深海性のものはない。日本産のナマズ科Siluridaeには和名のナマズのほかにビワコオオナマズP.biwaensis琵琶湖)とイワトコナマズP.lithophilus(琵琶湖,余呉湖)の2種がある。また他の日本の淡水産ではギギ科Bagridae(3種),アカザ科Amblycipitidae(1種),ヒレナガギギ科Clariidae(1種。沖縄,石垣島),海産ではゴンズイ科Plotosidae(1種),ハマギギ科Ariidae(2種)などが知られている。

 以上のほか日本語で何々ナマズと俗称する魚に次のようなものがある。ヨーロッパナマズSilurus glanis(英名European catfish,wels)はナマズ科の大型魚で全長3.3m(体重250kg以上)に達する。日本のナマズに似るが口ひげが成魚になっても6本(上あご2本,下あご4本)あることなどで区別される。アメリカナマズIctalurus punctatus(アメリカ名Channel catfish)はイクタルルス科Ictaluridaeに属する魚で日本のギギを大型にしたような形をしている。アメリカのジョージア州で養殖している。近年日本へも輸入され,埼玉県などで試験的に養殖されている。アメリカナマズは雑食性で,共食いの習性がなく,養殖しやすいといわれる。デンキナマズMalapterurus electricus(英名electric catfish)はマラプテルルス科Malapteruridaeに属し,アフリカのコンゴとナイル川の流域とその付近に分布する。背びれがなく,あぶらびれが尾びれのすぐ前方に位置する。発電装置を備えているのが特徴。日本へも観賞魚として輸入されている。コンゴ流域にはほかに1種M.microstomaを産する。サカサナマズSynodontis nigriventris(英名upside-down catfish)はモコクス科Mochokidaeの1種。中央・西アフリカとコンゴ流域に分布。形は一見日本のギギに似る。この魚の著しい特徴はつねに腹側を上に,背側を下にして泳ぎ,餌をあさる習性のあることである。この習性は同属の数種や近縁の数属にも及んでいる。日本へも観賞魚として数種が輸入されている。ヨロイナマズ(鎧鯰)はカリクチス科Callichthyidae(英名maild catfish)の魚の総称。南アメリカとパナマに分布。体は骨質の板(ふつう背腹の2縦列)でおおわれるのでこの名がある。8属が知られているが,コリドラス属Corydorasがもっとも種類が多い。日本へも多くの種が輸入されて観賞魚として飼育されている。
執筆者:

866年(貞観8)6月の干ばつの際,京都の市民は東堀河で多くの鮎魚をとって食べたと《三代実録》は記している。この鮎の字がナマズで,鯰というのは国字である。ただし,この国字の成立は古く,すでに《新撰字鏡》(898-901年ころ成立)に見え,《和名抄》は鮎をアユと読み,ナマズには鯰を用いている。《料理物語》(1643)はナマズの料理として汁,かまぼこ,なべ焼き,杉焼きをあげている。〈かまぼこはなまづ本也,蒲のほをにせたる物なり〉(《宗五大艸紙》)というように,ナマズのかまぼこはよくつくられたようである。〈なまずの身すきとりたたき,じねんじよすり入,玉子の白味入れよせるなり〉という製法が《料理早指南三編》(1802)に見られる。この書はほかに蒲焼と濃漿(こくしよう)がよいとしており,これらはナマズなべとともに,現在でも行われている。濃漿は,コイこくに代表されるみそ汁の煮物である。姿は悪いが淡泊でうまい魚である。
執筆者:

ナマズは特徴ある大型の頭部と4本の口ひげがあるので,漫画に描かれたり,ひげをたくわえた人をからかってナマズにたとえることもある。地震や天候変化に敏感なため,地震を起こす力があるとか,地震の予知能力があるなどという伝承がある。安政の地震の際にはナマズがさわいだという記録があり,これをおさえているのが常陸鹿島神宮の要石(かなめいし)であるともいわれているが,ナマズを瓢簞でおさえること,つまり粘りがあるものを丸いものでおさえることの困難さを諷した〈瓢簞鯰〉から転じて,安定させることの困難なものとして地震が考えられ,それを生物化したものとして地震の発生をナマズに付会したとも考えられる。近世末の社会的動揺と江戸人のしゃれとが合体して生まれたものとみるべきであろう。また伝説や民話に基づく郷土玩具に,巴波(うずま)の鯰(栃木県)や鯰押え(なまずおさえ)(岐阜県大垣市)などがある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ナマズ」の意味・わかりやすい解説

ナマズ
なまず / 鯰
[学] Silurus asotus

硬骨魚綱ナマズ目ナマズ科に属する淡水魚。頭部は大きく縦扁(じゅうへん)し、体は細長く側扁する。鱗(うろこ)はない。口は大きく、上顎(じょうがく)に1対、下顎に1対のひげがあるが、幼魚期には下顎にもう1対のひげがある。背びれは小さい。臀(しり)びれは基底が長く、後端は尾びれにつながっている。胸びれには強大な棘(とげ)がある。体色は灰褐色の地に不規則な斑紋(はんもん)をもつものがある。朝鮮半島からベトナム北部に至るアジア大陸東部と、日本のほぼ全土、台湾、海南島に分布する。流れの緩やかな川や湖沼の砂泥底にすむ。夜間活動する肉食性で、小魚、カエル、エビ類などを貪食(どんしょく)する。日本での産卵期は5~7月、黄緑色の卵を水草に産み付ける。体長30センチメートル前後で成熟し、日本では最大体長50センチメートル、大陸部では1メートル以上になる。かなり神経質な魚で、飼育当初は餌(えさ)につきにくい。古くから地震の前に特異な行動をとるといわれており、現在ではこの魚の地震予知能力について科学的な実験・観察が行われている。

[多紀保彦]

ナマズ科

ナマズという名称はナマズ科あるいはナマズ目の魚に総称的に用いられることも少なくない。ナマズ科Siluridaeは、アジア東部・南東部からヨーロッパ中部にかけてのユーラシア大陸に広く分布している。日本には、ナマズのほかに琵琶(びわ)湖特産のビワコオオナマズS. biwaensisと、琵琶湖・余呉(よご)湖にすむイワトコナマズS. lithophilisがある。ヨーロッパナマズはヨーロッパ中央部以東に分布し、体長3メートル以上、体重250キログラムにもなる。以前は日本産の3種はヨーロッパナマズとは別属とされていたが、最近では同属に分類されることが多い。種数が多いのは東南アジアで、熱帯魚として飼育されているグラスキャットフィッシュKryptopterusなどがある。

[多紀保彦]

ナマズ目

ナマズ目Siluriformesは、種数約2000種、20に近い科を含む大分類群で、英名キャットフィッシュcatfishと総称される。大部分は淡水産で、オーストラリア区を除く世界各地の淡水域に分布するが、温帯から熱帯には海産の科もある。主要なグループとしては、南アメリカ産のカリクティス科Callichthyidae、ロリカリア科Loricariidae、北アメリカ産のイクタルルス科Ictaluridae、アフリカ産のモコクス科Mochokidae、アジア・アフリカ産のギギ科Bagridae、ヒレナマズ科Clariidae、南アジアおよび東南アジア産のパンガシウス科Pangasiidae、ユーラシア産のナマズ科などがある。日本原産のものには、ナマズ科の3種のほか、淡水産のギギ科3種とアカザ科Amblycipitidae1種、海産のゴンズイ科Plotosidae1種とハマギギ科Ariidae2種がある。

[多紀保彦]

料理

日本でいつごろからナマズが食用にされたかは不明である。書物では『日本三代実録』の貞観(じょうがん)8年(866)条に、干魃(かんばつ)のときに京都でナマズを食べたことが記載され、平安時代には食用にしていたことが考えられる。江戸時代の『料理物語』(1643)には、ナマズの調理法として汁物、かまぼこ、鍋(なべ)焼き、杉焼きが紹介され、とくにかまぼこによいと書かれている。

 淡水魚特有の泥臭さとぬめりがある。塩をまぶしてこすると、ぬめりがとれる。熱湯をかけるのもよい。味つけには、泥臭さを消すためにみそ、ショウガ、酒、ネギなどが用いられる。白身魚では脂質が多いほうで(約9%)、うま味がある。みそ煮、蒲(かば)焼き、なまず鍋などにする。タンパク質、脂質、ビタミンB1のよい給源である。

[河野友美・大滝 緑]

民俗

鯰の伝説には、岡山県の「ものいう魚」や、栃木県巴波(うずま)川の民話のほか、九州の阿蘇(あそ)山の神使(しんし)としても知られ、いずれも変災を予知して人間に化け、困った人を助けるという筋書きである。地震鯰の迷信は、地底にすむ大魚や亀(かめ)、竜が寝返りを打つと地震が起こるという各国の伝説につながるが、これを広く世に伝えたのは「鹿島(かしま)の事触(ことぶれ)」といって、茨城県の鹿島神宮の神人が、地震押さえの要石(かなめいし)の功徳を触れ歩いたためという。安政(あんせい)の大地震(1855)の直後に流行した「鯰絵」とよぶ一枚摺(ずり)の瓦版(かわらばん)のような民俗版画では、人間の姿をした鯰が駄洒落(だじゃれ)や社会批判をしながら被害のニュースを伝えていた。のらりくらりと要領をえないことを俗に「瓢箪鯰(ひょうたんなまず)」というが、なんとなくユーモアのある鯰は日本人にとって地震の主として憎むよりも親しめる魚とされ、郷土玩具(がんぐ)や冑(かぶと)などに図案化されている。

[矢野憲一]

文学

『新撰字鏡(しんせんじきょう)』や『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』にその名がみえるから、平安時代には知られ、食用にもされていたはずだが、文学作品にはあまり登場しない。『今昔物語集』巻20には、京都の出雲(いずも)寺の別当浄覚(じょうかく)の夢に、父が鯰になって現れ、桂(かつら)川に放してくれと頼んだのに、とらえて食べようとしたところ、骨がのどに刺さって死んでしまった話が伝えられ、同じ説話が『宇治拾遺(しゅうい)物語』にも収められている。近世歌謡集の『山家鳥虫歌(さんかちょうちゅうか)』には、鯰の妖怪(ようかい)が孔子に襲いかかり取り押さえられたことが歌われている。季題は夏。

[小町谷照彦]

『友田淑郎著『琵琶湖とナマズ』(1978・汐文社)』『気谷誠著『鯰絵新考』(1984・筑波書林)』『宮田登・高田衛他著『鯰絵――震災と日本文化』(1995・里文出版)』『リチャード・シュヴァイド著、谷村淳次郎訳『ナマズとデルタ――ミシシッピ・デルタにおける旧南部的ナマズ養殖』(1997・日本図書刊行会、近代文芸社発売)』『江島勝康著『世界のナマズ』(1999・マリン企画)』『滋賀県立琵琶湖博物館編『鯰――魚と文化の多様性』(2003・サンライズ出版)』


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百科事典マイペディア 「ナマズ」の意味・わかりやすい解説

ナマズ

ナマズ科の魚。全長25〜50cm。暗褐〜緑褐色。2対のひげがあり,口が大きくて貪食(どんしよく)。日本全土,台湾,アジア大陸東部の淡水域に分布。煮付(すっぽん煮)にして美味。琵琶湖と余呉湖には近縁のイワトコナマズ(全長50cm)が,琵琶湖の湖底平原にはビワコオオナマズ(全長80cm)がすむ。味はイワトコナマズが最もよい。イワトコナマズは準絶滅危惧(環境省第4次レッドリスト)。なお,ナマズ目の魚は,約2000種を数える。最大種のヨーロッパナマズは全長3.3mに達する。またアフリカ産や南アメリカ産のエキゾチックな姿をしたナマズが観賞用として,多数輸入されている。
→関連項目ゴンズイ(魚類)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ナマズ」の意味・わかりやすい解説

ナマズ
Silurus asotus

ナマズ目ナマズ科の淡水魚。全長 25~60cmで,雄は雌より小型。体形はやや細長く,頭部は縦扁,体は側扁する。大きな口をもち,その周囲に 4本のひげがある。背鰭はごく小さいが,尻鰭は基底が長く,尾鰭と連続している。体は平滑で,鱗はない。胸鰭にとげをもつ。淡水の砂泥底に生息し,日本各地,台湾,アジア東部に分布する。

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栄養・生化学辞典 「ナマズ」の解説

ナマズ

 [Silurus asotus].ナマズ目ナマズ科の淡水魚.食用にする.

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世界大百科事典(旧版)内のナマズの言及

【地震】より

…地震は地球を構成している岩石の一部分に急激な運動が起こり,それに伴って地震波が発生する現象である。地震波は地球の内部あるいは表面を伝わる弾性波動で,P波(縦波),S波(横波),および表面波があり,この順で伝わる速度が大きい。地震波が到着した地点では地面が揺れる。この揺れのことを地震動というが,一般には地震動のことも地震と呼んでいる。
[マグニチュードと震度]
 地震には,数百kmの範囲にわたって強い地震動をもたらし,大災害を生じるような巨大地震から,地震動は人体に感じられず,高感度の地震計だけが記録するような微小地震まで,大小さまざまなものがある。…

【すし(鮓∥鮨)】より

… 室町時代は日本のすしに大きな画期をもたらした時代である。前代からの馴れずしはウナギ,ドジョウ,ナマズなど新しい材料を加えて盛んにつくられていたが,同時に馴れずしでは食べなかった飯を食べるものにした生成(なまなれ∥なまなり)というすしが発明されたのである。ウナギの馴れずしは宇治丸(うじまる)とも呼ばれた。…

※「ナマズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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