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ナムク・ケマル Namık Kemal

世界大百科事典 第2版の解説

ナムク・ケマル【Namık Kemal】

1840‐88
オスマン帝国の啓蒙思想家,立憲主義者。シナーシーとの接触により西洋近代文明に目を開かされ,1865年同志とともに,憲法制定を目指す新オスマン人協会を設立。のちパリ,さらにロンドンに亡命し,そこで《自由》新聞を刊行。帰国後も流刑などの弾圧の中で,反専制運動を継続した。76年のミドハト憲法制定後,一時政治の中枢にかかわったが,専制政治再開により不遇のうちに没。詩,小説,戯曲も多数ある。【新井 政美】

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のナムク・ケマルの言及

【トルコ文学】より


[オスマン帝国末期(19世紀後半~1922)]
 改革派知識人によって,西欧文学の諸形式(小説,評論,戯曲)が主としてフランス文学を通じて紹介され,ジャーナリズムの導入とともに宮廷中心の従来の文学環境を一変させた。シナーシーがその先駆者で,最初の民間新聞《世論の注釈》を発刊して新しい文体の創造に着手し,ナムク・ケマルはさらに広範囲な文学活動を通じてトルコ近代文学の基礎を築いた。ナムク・ケマルの戯曲《祖国あるいはシリストレ》は,トルコ文学の新しい場として劇場を前面に押し出したこと,文学が政治思想の伝達手段として用いられたことの2点で画期的であった。…

※「ナムク・ケマル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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