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ニジェール Niger

翻訳|Niger

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ニジェール
Niger

正式名称 ニジェール共和国 République du Niger。
面積 126万7000km2
人口 1646万9000(2011推計)。
首都 ニアメー

アフリカ大陸中西部の内陸国。北はアルジェリア,リビア,東はチャド,南はナイジェリア,ベナン,西はブルキナファソ,マリに国境を接する。中部の牧畜可能なステップ地帯,南部の農耕可能なサバナ地帯を除くと国土の大半はサハラ砂漠。年平均気温は地域により最低-2~16℃,最高 46~50℃。 14世紀頃からガーナ,ソンガイ,マリ,ハウサなどの諸王国が栄えたが,18世紀末からヨーロッパ人が進出,1890年イギリスとフランスによる植民地分割の協定の結果,最終的に 1904年に現在の国境が定められた。当初はフランス領スーダン (現マリ) に属したが,1922年フランス領西アフリカの一部,1946年フランス海外領,1958年フランス共同体内の自治国となり,1960年独立。農業と牧畜を主とし,人口が集中する南部では,ハウサ族などがラッカセイ,ワタ,自給用の穀物などを栽培。中部,北部はプール族 (→フルベ族 ) ,ベルベル族 (→ベルベル人 ) ,トゥアレグ族などがヤギ,ウシを主とする遊牧を営む。しかし 1970年代以降,干魃やイナゴの害に悩まされ,食糧自給は達成されていない。中北部のアルリトなどアイル山地でウラン,スズを産し,スズはナイジェリアへ,ウランはフランス,イタリア,ドイツ,日本へ輸出。ほかの主要輸出品はラッカセイ,綿花,皮革製品,家畜など。鉄,タングステンなどの鉱脈も有望で,開発が期待されている。輸出はベナンのコトヌー港と結ぶ鉄道・道路輸送に依存。ウラン採掘には日本の企業も参加している。住民はハウサ族が約 50%,ほかはジェルマソンガイ族,プール族,トゥアレグ族など。大部分がイスラム教徒。公用語はフランス語であるが,ハウサ語,ジェルマ語も広く用いられる。

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デジタル大辞泉の解説

ニジェール(Niger)

アフリカ中西部、サハラ砂漠南部の共和国。首都ニアメ。1958年フランス共同体の一員となり、1960年独立。農牧業が行われ、またウランを産する。人口1588万(2010)。

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百科事典マイペディアの解説

ニジェール

◎正式名称−ニジェール共和国Republic of Niger。◎面積−118万6408km2。◎人口−1714万人(2012)。◎首都−ニアメNiamey(98万人,2012)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ニジェール【Niger】

正式名称=ニジェール共和国République du Niger面積=126万7000km2人口(1996)=946万人首都=ニアメーNiamey(日本との時差=-8時間)主要言語=ハウサ語,フランス語通貨=CFAフランFranc de la Communauté Financière Africaine西アフリカ内陸国。北はアルジェリア,リビア,東はチャド,南はナイジェリア,ベニン,西はブルキナ・ファソ,マリと国境を接する。

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大辞林 第三版の解説

ニジェール【Niger】

アフリカ北部、サハラ砂漠の南部を占める内陸国。共和制。落花生・皮革・ウランなどを産する。1960年フランスから独立。首都ニアメ。住民はハウサ族・ソンガイ族など。大部分がイスラム教徒。主要言語はフランス語とハウサ語。面積126万7千平方キロメートル。人口1400万( 2005)。正称、ニジェール共和国。
アフリカ西部の河川。ギニアに源を発し、北東流してマリに入り、同国の東部で南東に流れを変え、ニジェール・ナイジェリアをへてギニア湾に注ぐ。中流にカインジダムがある。長さ4180キロメートル。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ニジェール
にじぇーる
Republic of Niger英語
Rpublique du Nigerフランス語

西アフリカ内陸部にある典型的な内陸国。正称はニジェール共和国Rpublique du Niger。国名は国の南西端を流れるニジェール川に由来する。北はアルジェリア、リビア、東はチャド、南はナイジェリア、ベナン、西はマリ、ブルキナ・ファソと国境を接する。面積126万7000平方キロメートル、人口1304万5000(2006推計)、1529万(2009推計)。アフリカのサハラ砂漠以南で2番目に広い国だが、国土の3分の2が砂漠で、人口は夏季に降雨のある南部のサバンナ地域とニジェール川流域に集中する。有効な農産物に恵まれず工業化も遅れ、1人当り国民総所得(GNI)は330ドル(2008)と低い。1971年にフランス、日本などの協力でウラン開発が始まり、この収入により産業振興を進め貧困からの脱却を図っている。首都はニジェール河畔のニアメ(人口91万0500。2009推計)。[藤井宏志]

自然

全体に北高南低の地形を示す。中央北部には、花崗(かこう)岩とこれを貫く火山岩からなるアイル山地があり、この国の最高峰グレブーン山(1944メートル)をはじめ標高1500メートル以上の高峰が南北に並んで、東のチャド湖と西のニジェール川との分水嶺(ぶんすいれい)になっている。北東部には標高1000メートル前後のマンゲニ高原がある。アイル山地の東には砂丘列のため通過困難なテネレ砂漠、西にはワジ(涸(か)れ谷)が刻まれたタラクの礫(れき)砂漠が広がる。アイル山地とマンゲニ高原を除けば大半は標高200~600メートルの平原で、場所によっては高い断崖(だんがい)や突出した岩塊があり、単調な地形に変化を与えている。
 北部、中部は通年サハラの高気圧に覆われて雨がきわめて少なく、砂漠気候を示す。南部は夏季300ミリメートルから600ミリメートルの降雨があるステップ、サバンナ気候で、農業地帯となっている。しかしサヘルとよばれるこの地域は、降水量が不安定で干魃(かんばつ)の被害を受けやすく、最近は砂漠化が進行している。年平均気温は28℃前後で全体に暑い気候だが、北部では冬20℃近くに下がってやや涼しくなる。南部では年に二度太陽の高度が最高になる(太陽が二度頭上を通過する)ため雨期の始まる5月にもっとも暑くなり、8月にやや涼しく、雨期の終わる10月にもう一度暑さのピークがある。砂漠では気温の日較差が大きい。[藤井宏志]

地誌

地理的に、北部・中部の砂漠地域、南部のサバンナ地域、南西部のニジェール川沿岸地域の3地域に区分される。砂漠地域では水の得られる山麓(さんろく)、高原麓にアガデス、ビルマのようなオアシスがある。オアシスでは野菜、果物、ナツメヤシが栽培され、遊牧の拠点でもある。かつては隊商路の中継地として栄えた。古くから岩塩の採掘が行われたが、近年ウランが発見され他の鉱物の埋蔵も期待されている。サバンナ地域は夏季に降雨があり、アワ、ヒエ、モロコシ(ソルガム。イネ科の穀物)、トウモロコシ、綿花、ラッカセイなどが栽培され、ウシ、ヒツジの牧畜も行われる。チャド湖での漁業もある。ジンデル、マラディ、タウアなどの都市は農産物の集散地で農産加工の工場がある。ニジェール川沿岸地域には農村、漁村が散在し、キャッサバ(南米原産の根茎作物。根を食用とし、タピオカの原料となる)、野菜、米を産し漁業も行われている。首都ニアメは国の政治、経済の中心である。ベナンとの国境近くにはサバンナの自然を残した「W国立公園」(Wはドゥブルベとよむ)があり、ライオン、ゾウ、カモシカなどが保護されている。W国立公園は1996年世界遺産の自然遺産に登録されている(世界自然遺産)。このほか「アイールとテネレの自然保護区群」も自然遺産に登録されている。[藤井宏志]

歴史

地中海岸とギニア湾岸を結ぶ隊商路と、ニジェール川とチャド湖を東西に結ぶスーダン回廊とが交わる十字路にあたり、古くから周辺各国の争奪の地であった。現在の国土の領域はフランスによる植民地化によりつくられたもので、近世までは諸民族によるさまざまな国がこの地に盛衰した。18世紀には北部でアガデスを中心にトゥアレグ王国が成立し、南部ではハウサ諸王国、フラニ諸王国が支配を競った。19世紀になってマンゴ・パークらのヨーロッパ人探検家が来訪し、その後フランスとイギリスが領有を争ったが、19世紀末フランス軍が占領し、1899年までにナイジェリアとの国境を確定した。1911年軍政上3分割されていたのを統一し、1922年フランス領西アフリカの一部となった。第二次世界大戦後フランス連合の海外領となり、1958年フランス共同体の一員となったのち、1960年ハマニ・ディオリの指導のもとに独立を達成した。ディオリは初代大統領として長く政権の座にあったが、1974年参謀長セイニ・クンチェを中心とするクーデターが起こり、クンチェを議長とする最高軍事評議会が政権を握った。[藤井宏志]

政治

1974年のクーデターで憲法を停止、議会を解散し、最高軍事評議会議長に参謀総長クンチェが就任した。1987年11月、議長クンチェの死去により参謀総長アリ・サイブが議長となった。1989年12月、民政移管し、サイブが大統領に就任した。1993年2月の複数政党制による国民議会選挙では野党連合の変革勢力同盟(AFC)が過半数を占め、翌月の大統領選挙では党首ウスマヌが当選した。1996年1月国軍がクーデターを起こし、メナサーラ大佐を議長とする救国委員会が政権を握った。委員会は年内に民政移管を行うとし、同年7月大統領選挙を実施、議長のメナサーラが当選した。1999年4月に軍のクーデターが発生、大統領のメナサーラは暗殺され、ワンケ少佐を議長とする軍事政権(国家和解評議会)が発足し、新憲法が起草された。この憲法は7月の国民投票で支持された。ついで民政移管のための大統領選挙が10月に実施され、発展社会国民運動(MNSD)のママドゥ・タンジャが当選した。2004年12月の大統領選挙でタンジャは再選された。2007年以降北部のトゥアレグ民族を中心とする反政府勢力、正義のためのニジェール運動(MNJ)の活動が活発化している。2009年4月大統領は2期目の任期を3年延長し、3選禁止の撤廃を表明して8月の国民投票で承認を得た。非同盟中立の立場をとるがフランスとの関係が深い。行政は30地方に分かれ、その下に市、村があり、それぞれの首長、役所、議会がある。司法は近代的な三審制度をとっている。軍備は選抜徴兵制(2年)。総兵力5300人、フランス軍1500人が駐留。[藤井宏志]

産業・経済

農牧業に依存する経済で、乾燥内陸国のため貧困化の一途をたどっていたが、1971年アイル山地西麓のアルリトでウラン開発が始まり、2009年1月には北部のイムラレン鉱山開発をフランスのアレバに委託した。積極的な経済開発が展開されようとしている。
 就業人口の90%が農牧業に従事しているが、年平均降水量は515ミリメートル(首都ニアメ)と少なく、しかも10~4月はほとんど降水量がないなど不安定であり、地域によっては年間を通じてほとんど降水のないところもある。また、技術水準が低いことも問題である。農畜産業に必要な年降水量は農耕地で350ミリメートル、牧畜地帯では150ミリメートルが限界とされ、可耕地は国土の12%といわれるが実際には2.5%しか農耕地になっていない。自給作物としてアワ(278万トン。2007、以下同じ)、モロコシ(98万トン)、キャッサバ(12万トン)、白インゲン(28万トン)、米(7万トン)を生産しており、干魃(かんばつ)の年以外は自給量に達している。商品作物にはラッカセイ(15万トン)、綿花(1089トン)、サトウキビ(22万トン)、アラビアゴムがある。砂漠、ステップで遊牧、サバンナで牧畜が行われ、ウシ824万頭、ウマ23万頭、ロバ46万頭、ラクダ37万頭、ヒツジ・ヤギ2201万頭が飼育されている。漁業はニジェール川、チャド湖で行われ、3万トンを漁獲し、干物、薫製にしてナイジェリアなどに輸出する。
 ウラン鉱は推定埋蔵量274万トン、生産量3032トン(2007)でともに世界第3位である。アルリト鉱山が中心で、二つの採鉱会社にはニジェール政府、フランス、スペイン、日本などが出資していた。鉱石は専用道路によって運搬され、コトヌー港(ベナン)から輸出される。このほか石炭、錫(すず)、燐(りん)鉱石、岩塩などの鉱産資源がある。工業は農産加工が中心で、ラッカセイの脱殻・製油、綿糸、綿織物、衣服、製粉、皮革、ビールのほか、プラスチック、セメント、建材などもある。工業都市としてニアメ、マラディ、ジンデルがある。伝統工芸ではジンデルの革細工、ニアメの金細工、アガデスの銀細工が知られている。
 輸出品目では農産物にかわりウランが63.2%(2007、以下同じ)を占め、以下金12.4%、野菜、家畜、ラッカセイ油となっている。輸入品目は石油製品(15.1%)、自動車、医薬品、機械などである。主要輸出相手国はフランス(44%)、日本、スイス、ナイジェリア、アメリカ、主要輸入相手国はフランス、アメリカ、コートジボワールで、輸出入ともフランスの占める割合が大きい。
 道路総延長は1万3187キロメートル(1987)である。アルリト―ドソ―ベナンのウラン輸送道路はよく整備されている。トランス・サハラ自動車道の2本(アガデス―ジンデル、ニアメ―ドソ)が通過している。ガヤが代表的河港である。ニアメに国際空港があり、国内諸都市に20の空港がある。[藤井宏志]

社会・文化

植民地時代の人為的国境策定で複数部族国家となっている。主要部族は遊牧民と農耕民とに大別される。遊牧民にはアイル山地より西の砂漠に分布するトゥアレグ人(3%)、東の砂漠に分布するトウブー人、全域に分布し定住化して牧畜を行うプール(フルベ)人がいる。農耕民には南西部に住むソンガイ人(24%)、南部中央のハウサ人(54%)、南東部に住むカヌーリ人(11%)がいる。宗教はイスラム教徒(ムスリム)が多く人口の85%を占める。公用語はフランス語であるが、ハウサ語も広く使われ、部族内では各部族語が用いられる。トゥアレグ人のタマシェク語以外は文字がなく、語部(かたりべ)(グリオ)が存在する。
 人口増加率は3.6%(2000~2006)と高く、年齢別人口構成はピラミッド型で、15歳以下が49.5%を占め、将来の教育と雇用に大きな問題を抱えている。ギニア湾岸諸国への労働移住も多い。医師、看護師ともきわめて少なく、病院も都市に限られ、医療水準は低いが、国連の援助で伝染病・風土病対策が進められつつある。教育は小学校の上にリセ(中等教育の中学・高校にあたる)、技術学校、師範学校などがあり、ニアメにはニジェール大学がある。就学率は低く、識字率は男44%、女16%と低い(2007)。近年テレビ放送による教育が試みられている。[藤井宏志]

日本との関係

ウラン開発以来、核燃料を求める日本との関係は緊密の度を増している。ニジェール政府31%、フランス34%、日本25%、スペイン10%の出資比率で鉱山会社をつくり、ウランの開発を行っている。2006年(平成18)にはウラン鉱石1014トンを日本が輸入した。日本から自動車、オートバイ、綿布、建設機械を輸出した。また援助として道路、発電所、病院の建設、地下水開発を行っている。青年海外協力隊が派遣されている。[藤井宏志]
『M・パーク著、森本哲郎他訳『ニジェール探検記』(1977・河出書房新社) ▽P・ドナン他著、小堀巌訳『ニジェール』(白水社・文庫クセジュ)』

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