ノロドム ラナリット

  • Norodom Ranariddh

現代外国人名録2016の解説

職業・肩書
政治家 王党派国民政党のコミュニティー党首 元カンボジア下院議長,元カンボジア第1首相,元フンシンペック党(FUNCINPEC)党首

国籍
カンボジア

生年月日
1944年1月2日

出生地
プノンペン

学歴
エクサン・プロバンス大学

学位
法学博士

経歴
ノロドム・シアヌーク殿下の二男に生まれる。フランス留学後、1976〜83年フランスのエクサンプロバンス大学政治学教授。’83年6月カンボジア・アジア地区のシアヌーク殿下個人代表、’86年1月シアヌーク派軍最高司令官兼参謀総長に就任。’91年7月シアヌーク殿下のカンボジア最高国民評議会(SNC)議長就任に伴いシアヌーク派議長に。’92年2月政党としての民族統一戦線(フンシンペック党)設立、議長となる。’93年5月より国会議員。同月の総選挙で第1党となり、7月暫定国民政府共同首相(内相・国防相兼任)、9月新生カンボジア王国の第1首相に就任。ラナリット派(旧シアヌーク派)議長。’97年国民連合戦線(FUN)代表。同年7月フン・セン第2首相との権力争いが激化、フランス滞在中にプノンペンで武力衝突が起こり国内を制圧され、事実上国外追放される。同年8月ウン・フォト外相が第1首相となり、国会は国会議員として認められている免訴特権の剥奪を決議し、軍事裁判所から逮捕状が交付される。’98年3月カンボジア軍事裁判所から、武器密輸の罪で禁固5年の有罪判決、ポル・ポト派との違法交渉罪で禁固30年の有罪判決が言い渡されるが、シアヌーク殿下が恩赦を出し、約9ケ月ぶりに帰国した。同年5月、それまで務めていた国民連合戦線(NUF)代表を辞任。同年7月の総選挙でフンシンペック党は第2党となり、11月下院議長に就任。2006年3月下院議長辞任、10月フンシンペック党党首を事実上解任。11月新党ノロドム・ラナリット党を設立し党首。不動産違法売却で実刑判決を受けマレーシアに1年半滞在。恩赦を受け2008年9月帰国、10月党首辞任。12月カンボジア国王顧問。党名改称を経て、いったん党首を退いたが、党名が元のノロドム・ラナリット党に戻った2010年12月再び党首に。2012年8月政界引退を発表。2014年3月新党・王党派国民政党のコミュニティー党首に。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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