ハッセルマン(読み)はっせるまん(英語表記)Klaus Hasselmann

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハッセルマン」の意味・わかりやすい解説

ハッセルマン
はっせるまん
Klaus Hasselmann
(1931― )

ドイツの気象学者。ハンブルク生まれ。1934年、家族とともにイギリスに移住したが、第二次世界大戦終了後、1949年にハンブルクに戻る。1950年からハンブルク大学で物理学、数学を学び、1955年に卒業。同年からゲッティンゲン大学大学院とマックス・プランク流体力学研究所で研究を続け、1957年にゲッティンゲン大学から物理学の博士号を取得、ハンブルク大学造船学研究所でポスドク(博士研究員)として研究を続け、1961年から1964年までアメリカのカリフォルニア大学スクリプス海洋研究所の助教授準教授を務めた。1964年にハンブルク大学に戻り、1966年に同大学教授に就任した。同大学に籍を置きながら、1970年から2年間アメリカのウッズ・ホール海洋研究所教授を兼務。1972年からはハンブルク大学の地球物理学研究所長、1975年からマックス・プランク気象学研究所長、1988年からドイツ気象学コンピュータセンターの科学部門責任者も兼務し、1999年マックス・プランク気象学研究所名誉教授となった。

 ハッセルマンは、気候変動をどのように予測するかという課題に取り組み、1976年に大気循環・海洋循環などの偶然の要素を盛り込んだ「確率論的気候モデル」を提案した。これは、微粒子のランダムな運動である「ブラウン運動」の理論を参考にしたものである。不規則に運動する分子が衝突し、互いの動きに影響しあうように、目まぐるしく変化する気象変化をノイズとして処理し、大気や海洋の変動をとらえた気候モデルによって将来予測が可能であることを示した。

 さらに1980年代には、気候変動に影響を与える自然現象と人間活動の度合いを分離して特定する方法を開発した。長年の観察や研究によって、気候モデルには、時間的変動などの内的な不規則変化である「ノイズ」のなかに、外的要因によって変動する「シグナル」の情報が含まれることをつきとめ、これを利用して外的な要素である太陽放射、火山性粒子、温室効果ガスがもたらした変化の痕跡(こんせき)(シグナル)を分離することに成功した。このシグナルを的確にとらえる手法は「最適指紋法optimal fingerprinting method」とよばれるもので、これによって気候変動に対する人間活動の影響を示すことが初めて可能になった。それまで気温上昇は自然現象だけでは説明がつかなかったが、人間活動を加味することで説明が可能になったのである。

 この手法は、多くの気候学者によって改良され、2021年8月に発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次報告書は、「温室効果ガスを排出し続けると世界の気温は、産業革命前と比べて今後20年間(2021~2041年)に1.5℃以上上昇する可能性が非常に高く、各国が温暖化対策を講じても1.5℃を超える可能性がある」とし、「人間が地球温暖化を引き起こしていることは疑う余地がない」という警鐘につながった。

 1971年アメリカ気象学会からスベルドラップ金メダル、1997年イギリス王立気象学会のシモンズ記念メダル、2002年ヨーロッパ地球物理学会のウィルヘルム・ビャークネス・メダル、2010年スペインのBBVA財団フロンティアーズ・オブ・ナレッジ賞を受賞。世界の政治に影響を与える、地球温暖化モデルなどの長年の数々の研究成果を受けて、2021年「気候変動モデルの構築と信頼できる温暖化予測」の功績で、プリンストン大学大気海洋科学プログラム上級研究員の真鍋叔郎(まなべしゅくろう)とともにノーベル物理学賞を受賞した。「原子から惑星までの物理システムにおける無秩序とゆらぎの相互作用の発見」に貢献したイタリアのローマ・ラ・サピエンツァ大学教授のジョルジョ・パリージとの同時受賞であった。

[玉村 治 2022年2月18日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハッセルマン」の意味・わかりやすい解説

ハッセルマン
Hasselmann, Klaus

[生]1931.10.25. ハンブルク
クラウス・ハッセルマン。ドイツの海洋学者。フルネーム Klaus Ferdinand Hasselmann。2021年,気候研究の基礎を築いた功績から,真鍋淑郎,イタリアのジョルジョ・パリージとともにノーベル物理学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1934年,ハンブルクからイギリスに移住し,ハートフォードシャー県のウェリンガーデンシティーで幼少期を過ごした。第2次世界大戦後ハンブルクに戻った。ハンブルク大学で物理学と数学を学び,1955年に等方性乱流に関する研究で学位取得。ゲッティンゲン大学大学院とマックス・プランク流体力学研究所で物理学と流体力学の研究を続け,1957年に博士号を取得。ハンブルク大学造船学研究所の研究助手を経て,1961~64年カリフォルニア大学サンディエゴ校の地球物理学・惑星物理学研究所およびスクリップス海洋研究所で教授を務めた。その後ハンブルク大学に戻り,研究生活の大半をそこで送る。1970~72年アメリカ合衆国のウッズホール海洋研究所で客員教授を兼務したのち,ハンブルク大学の理論地球物理学の正教授に就任し,1975年まで同大学の地球物理学研究所所長を務めた。同年,マックス・プランク気象研究所創設にあたり所長に就任し,1999年まで務めた。また 1988~99年ハンブルクにあるドイツ気候計算センターの科学部長も兼任した。
代表的な研究成果に,短期的な気象の擾乱をより長期的かつ安定的な大気循環と海洋循環のパターンと結びつけて気候変動を予測する,確率論的気候モデルの構築がある。この数学的モデルは,急速かつ無秩序に変化する天候を「ノイズ」として処理することで,長期的な気候変動の予測が可能であることを証明した。また,気候変動の種々の要因のうち,温室効果ガスの排出などの人間活動による要素だけを分離する統計的手法を確立した。1979年に発表されたこの論文は,台風やハリケーンなどの熱帯低気圧,干魃,異常降雨,国家や地球規模の気候リスク評価に頻繁に取り上げられている世界平均気温の上昇(→地球温暖化)といった気象現象と,人間活動との関係を説明する研究の礎となった。
1971年アメリカ気象学会のスベルドラップ・ゴールドメダル,1997年イギリス王立気象協会のシモンズ記念メダルなど受賞多数。発表した科学論文は単著・共著を含めて175本をこえる。

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