ハビエル アギーレ(英語表記)Javier Aguirre

最新 世界スポーツ人名事典の解説

ハビエル アギーレ
Javier Aguirre
サッカー

元・サッカー・メキシコ代表監督
生年月日:1958年12月1日
国籍:メキシコ
出生地:メキシコ連邦区
経歴:クラブ・アメリカ、グアダラハラなどの地元クラブ、スペインのオサスーナでMFとしてプレー。1986年ベスト8になったW杯メキシコ大会では守備的MFとして活躍。現役引退後、’95年にアトランテで指導者の道に入る。’98〜2000年メキシコのパチューカ監督を経て、2001年6月メキシコ代表監督に就任。短期間で不振のメキシコを甦らせ、同年コパ・アメリカ準優勝、2002年W杯日韓共催大会出場に導いた。W杯後の2002〜2006年古巣オサスーナの監督を務め、UEFA杯出場に導いた。2006年シーズンより、低迷していたアトレティコ・マドリードを指揮。翌シーズンにはチームを欧州チャンピオンズリーグ出場に導いた。2009年2月成績不振のため解任され、4月再びメキシコ代表監督となる。2010年7月W杯南アフリカ大会決勝トーナメント1回戦敗退の責任を取って辞任。

出典 日外アソシエーツ「最新 世界スポーツ人名事典」最新 世界スポーツ人名事典について 情報

現代外国人名録2016の解説

ハビエル アギーレ
Javier Aguirre

職業・肩書
サッカー監督(アルワフダ) 元サッカー日本代表監督・メキシコ代表監督

国籍
メキシコ

生年月日
1958年12月1日

出生地
メキシコ連邦区

経歴
クラブ・アメリカ、グアダラハラなどの地元クラブ、スペインのオサスーナでMFとしてプレー。1986年ベスト8になったW杯メキシコ大会では守備的MFとして活躍。現役引退後、’95年にアトランテで指導者の道に入る。’98年〜2000年メキシコのパチューカ監督を経て、2001年6月メキシコ代表監督に就任。短期間で不振のメキシコを甦らせ、同年コパ・アメリカ準優勝、2002年W杯日韓共催大会出場に導いた。W杯後の2002〜2006年古巣オサスーナの監督を務め、UEFA杯出場に導く。2006年シーズンより、低迷していたアトレティコ・マドリードを指揮。翌シーズンにはチームを欧州チャンピオンズリーグ出場に導いた。2009年2月成績不振のため解任され、4月再びメキシコ代表監督となる。2010年7月W杯南アフリカ大会での決勝トーナメント1回戦敗退の責任を取って辞任。その後、2010〜2011年スペインのサラゴサ、2011〜2014年同エスパニョールを経て、2014年8月日本代表監督に就任。就任直後からサラゴサ監督時代の八百長疑惑が報道される。2015年1月アジア杯準々決勝でUAEに敗れ、2月解任された。同年6月UAEのアルワフダ監督に就任。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

今日のキーワード

日米安全保障条約

1951年9月8日に対日講和条約と同時に署名された「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」Security Treaty between Japan and the United States ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android