ハーン(Nusrat Khan)(読み)はーん(英語表記)Nusrat Khan

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ハーン(Nusrat Khan)
はーん
Nusrat Khan
(1948―1997)

パキスタンの歌手、カッワーリー名手ファイサラバードに生まれる。カッワーリーとは、スーフィズム(イスラム神秘主義)に基づく集団的な歌謡で、その演者をカッワールという。カッワーリーは中近東エジプトに広く存在しているが、パキスタンのカッワーリーは主唱者と副唱者、タブラ(両面太鼓)、ハルモニウム(小型オルガン)などにより10人ほどの男性によって演奏される。その演奏には一定の決まりごとがあるものの即興的に行われ、アッラーとの神秘的な一体化を目指すものであるため、長時間に及ぶ。また、歌とともに中心的な役割を果たすハルモニウムは、植民地時代の宗主国であるイギリスから持ち込まれた楽器であるという点も興味深い。

 ハーンは、パキスタンのパンジャーブ地方で600年にわたり代々カッワールを務めてきた伝統を受け継ぐ家に生まれ、故郷ファイサラバードを拠点に活動を行った。ハーンはカッワーリーの伝統を世界に知らせた存在でもあるが、延々と歌い、恍惚へと登りつめていく圧倒的な声の力とカリスマ性で、世界中のファンを圧倒した。

 またハーンは「カッワーリーはイスラム教徒のためだけにあるのではなく、すべての宗教のためにある」とインタビューで答えており、パンジャーブ語ウルドゥー語で歌い、ヒンドゥー教徒やシク教徒にも広く愛されてきた。また、フランスの代表的な民族音楽レーベル、オコラでのパリ・ライブ・アルバム『イン・コンサート・イン・パリ』In Concert in Paris(1988)、イギリスのピーター・ゲイブリエルPeter Gabriel(1950― )のリアル・ワールド・レーベルでの録音などで音楽シーンに衝撃を与え、世界各地で精力的に公演を行った。日本にも公演で数回訪れており、ファンが多い。イギリスでは1980年に初めてバーミンガムで公演を行っているが、同地を拠点とするオリエンタル・スター・レーベルからはカッワーリーだけではなく、ガザル歌謡(インド、パキスタンのポピュラー音楽)などを歌ったものを含めて、膨大な量に及ぶハーンの作品がリリースされており、インド、パキスタンからの移民の多いイギリスでの人気の高さがうかがえる。1997年、ロンドン死去

 ハーンはまた、後にイギリスを席巻することになる、インド、パキスタン系二世、三世のUKエイジアンのミュージシャンたちにも強いインスピレーションを与えており、彼の歌声はリミックスされ、新しい命が吹き込まれた。

[東 琢磨]

『David ToopExotica(1999, Serpent's Tail, London)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android