バレール・ド・ビュザク(読み)ばれーるどびゅざく(英語表記)Bertrand Barère de Vieuzac

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バレール・ド・ビュザク
ばれーるどびゅざく
Bertrand Barre de Vieuzac
(1755―1841)

フランスの政治家。タルブに生まれる。弁護士として活躍ののち、1789年三部会に選出され、フイヤン派に属した。大革命勃発(ぼっぱつ)時に『ル・ポアン・ド・ジュール』紙を発刊し、言論活動によっても名をなした。1792年国民公会で、中間派の中心として活躍、推されて公安委員会に入り、ロベスピエールらとともにいわゆる「12人の独裁者」として恐怖政治を行った。雄弁のために議会対策を担当し、「ギロチンのアナクレオン」とよばれた。ルイ16世裁判(1792)の裁判長。のちロベスピエール打倒に加わったが、彼自身も追放された。第一帝政下で許され、王政復古後再追放となった。[樋口謹一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例