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バーサ朝 バーサちょうVasa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バーサ朝
バーサちょう
Vasa

スウェーデンの王朝 (1523~1654) 。カルマル同盟の名によるデンマークの支配からスウェーデンの独立を確保したグスタフ1世バーサを祖とし,その3人の子エーリック 14世,ヨハン3世,カルル9世,ヨハン3世の子ジギスムント3世,カルル9世の子グスタフ2世アドルフ,その娘クリスティナにいたる。ヨハンがポーランド王の妹と結婚して以来,カトリック (ヨハン3世,ジギスムント3世) 対ルター派 (カルル9世,グスタフ2世) の対立をはらみつつ,スウェーデンは長いポーランドとの交戦状態に入った。ジギスムントはジグムント3世ワーザとしてポーランド王位につき (1587) ,父王の跡を継いでスウェーデン王ともなった (92) が,叔父カルル9世に追われ,ジグムント3世ワーザ,ウラディスラフ (ウワディスワフ4世ワーザ) ,ヨハン・カシミール (カジミエシ5世 ) と,以後3代続いたポーランド・ワーザ (バーサ) 王家 (87~1668) を開いた。スウェーデン・バーサ王家は,クリスティナ女王が未婚のまま従兄カルル 10世グスタフに王位を譲って終った。このバーサ時代にスウェーデンは,政治的にはデンマークの,経済的にはハンザ同盟の従属国から,当代第一級の大国へ飛躍し,バルト南東岸を領有してバルト帝国を築き,中央集権国家を打建てた。

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世界大百科事典内のバーサ朝の言及

【グスタブ[1世]】より

…グスタブ・バーサともよばれる。バーサ朝(1523‐1654)の祖(1544以後世襲制)。名門バーサ家に生まれる。…

【スウェーデン】より

…外交面で国王は三十年戦争に介入し,新教徒の英雄として活躍し,バルト帝国を確固たるものにした。国王の戦死後,一人娘のクリスティーナ(在位1632‐54)が王位を継いだが(44年までは後見人がおかれた),学芸を愛好して政治に関心を示さず,財政危機に陥らせ,みずから退位したためバーサ朝は絶えた。その後の王は財政再建を試みて諸改革を行ったが,貴族との対立を深めた。…

※「バーサ朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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