バース(John Barth)(読み)ばーす(英語表記)John Barth

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

バース(John Barth)
ばーす
John Barth
(1930― )

アメリカの小説家。メリーランド州ケンブリッジに男女の双生児の一人として生まれる。ニューヨークのジュリアード音楽学校中退後、ジョンズ・ホプキンズ大学に学ぶ。修士号をとったあと、ペンシルベニア州立大学準教授、ニューヨーク州立大学教授を経て母校の特別教授。終始教鞭(きょうべん)をとりながら創作を発表している。ポスト・モダニズムを代表し、1960年代以後の新しいアメリカ文学を理論と実践の両面から支えている。現実世界には固有の不変の意味や永遠の価値など存在しないと考える彼にとっては、アイデンティティや「事実」でさえただ一つのものではありえない。処女作『フローティング・オペラ』(1956)と、これと対(つい)をなす『旅路の果て』(1958)は、彼の虚無的な認識を土台にしたリアリスティックな作品である。ここにみられる、次々に仮面をかぶることによって閉塞(へいそく)状況から脱出するという構想は、次作『酔いどれ草の仲買人』(1960)でさらに深められる。本書はまた日常的リアリズムを超え、文学本来の「語り」=「騙(かた)り」を壮大な規模で復活させたブラック・ユーモアの記念碑的作品でもある。これと対をなす『やぎ少年ジャイルズ』(1966)は、巨大なコンピュータの息子に生まれた少年が世界救済の可能性を探る荒唐無稽(むけい)な「神話」であるが、第二次世界大戦後の世界情勢を痛烈に皮肉っている。エッセイ「尽きの文学」(1967)では、よくいわれるように小説が死んでいるとしても悲観するにはあたらない、作家はその状況を逆手にとって、「作家という役を模倣した著者による、小説形式を模倣した小説」、つまり創作過程そのものを語って構造が内容となるような人為性に富んだ小説や、過去の作品のパロディーを書くべきだと主張した。短編集『びっくりハウスの迷子』(1968)と全米図書賞を受けた中編集『キマイラ』(1972)はそうした創作理論とその実践の成功例である。とくに『キマイラ』は、『千夜一夜物語』や「ギリシア神話」を現代的な視点から物語の原点に立ち返って語り直したと作者は主張する。『レターズ』(1979)はこれまでの総決算であり、既発表作品の主人公や子孫、新たな狂言回し役の女性、さらに作者自身を加えた7人の人物が手紙を書きあうという書簡体小説である。しかし文字どおり「あらゆる手法を使って読者を楽しませよう」というだけあって、混乱、錯綜(さくそう)の極みにありながら、既作の謎を解きつつ新しい小説の可能性を予見させる作品である。このあとはふたたびリアリスティックな技法に戻って、中年を過ぎたカップルが休暇を利用して船旅に出て、物語という子供を生み出す話である『サバティカル』(1982)を発表。『キマイラ』あたりから、人間の後半生の生き方を模索しはじめたが、その一つの結論でもある。続いて『サバティカル』と対をなす『タイドウォーター・テールズ』(1987)を書いた。『船乗りサムボディ最後の船旅』(1991)は、『千夜一夜物語』に出てくる「船乗りシンドバッドと荷担ぎシンドバッド」を1980年代の視点から語り直したものである。ほかに、「自伝形式の小説と小説形式の自伝」である『昔々あるところに』(1994)、最後の作品に挑む老大家と、大家に反抗する若い作家という2人の書き手が登場する『カミング・スーン!!!』(2001)、作品理解に欠かせないエッセイ集『金曜日の本』(1984)、中年作家とその妻が自分たちの物語を語り合う短編集『オン・ウィズ・ザ・ストーリー』(1996)などがある。

[國重純二 2019年2月18日]

『志村正雄訳『旅路の果て』(1972・白水社)』『野崎孝訳『世界の文学35~36 酔いどれ草の仲買人』(1979・集英社)』『岩元巌訳『フローティング・オペラ』(1980・講談社/サンリオ文庫)』『國重純二訳『キマイラ』(1980・新潮社)』『渋谷雄三郎・上村宗平訳『やぎ少年ジャイルズ』ⅠⅡ(1982/新装版・1992・国書刊行会)』『志村正雄訳『金曜日の本』(1989・筑摩書房)』『志村正雄訳『サバティカル――あるロマンス』(1994・筑摩書房)』『志村正雄訳『船乗りサムボディ最後の船旅』上下(1995・講談社)』『岩元巌他訳『レターズ』ⅠⅡ(2000・国書刊行会)』

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