パクブウォノ[3世](読み)ぱくぶうぉの

世界大百科事典内のパクブウォノ[3世]の言及

【スラカルタ】より

…第2次大戦後,王国の廃絶に伴い市勢は衰えたが,ジョクジャカルタに比べていっそうジャワの伝統文化をよく保存し,ジャワ文化研究のメッカとさえいわれる。 マタラム・イスラム王国の首都は,16世紀末の建国当初にはスラカルタの南西約65kmのジョクジャカルタの南東郊コタ・グデに置かれたが,その後カルタ→プレレッド→カルタスラと次第に東方に移され,パクブウォノ2世の1746年,華僑暴動に端を発した内乱のため荒廃したカルタスラを去ってこの地に都し,これをスラカルタ・アディニングラットSurakarta Adiningratと名づけた。しかし,わずか3年後に王が死去し,オランダ東インド会社の保護のもとでその子がパクブウォノ3世として即位したが,先王の弟マンクーブーミとの間に王位継承の争いが起こった。…

※「パクブウォノ[3世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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