日本大百科全書(ニッポニカ) 「パン(牧神)」の意味・わかりやすい解説
パン(牧神)
ぱん
Pan
ギリシア神話の牧神。とくにアルカディア地方では山野の神、さらに牧畜の神として古くから崇拝されていた。彼はヘルメスの子とされているが、ほかにもいくつかの異説がある。また「すべての」を意味する形容詞パンpanと彼の名を関連させ、後世にはさまざまな命名由来譚(たん)がつくられたが、語源的にはまったく無関係である。彼は上半身が人の姿で、髭(ひげ)だらけの顔と山羊(やぎ)のような耳と角(つの)をもち、下半身は山羊の足に蹄(ひづめ)がついている。また、杖(つえ)を手にし、頭には松葉の冠(かんむり)をつけていた。陽気ですこしばかり淫蕩(いんとう)な性質で、山野を自由に駆け巡ってはニンフたちと戯れる。夏の真昼時には木陰で眠るが、これを妨げられるとたちまち怒り、人間と家畜にパニックpanic(恐慌)を送り込む。彼は牧笛(ぼくてき)(シリンクス)を発明した。パンに関する神話は少ないが、アレクサンドリア時代以降になると、牧歌的趣味には不可欠の存在となった。ローマでは、ファウヌスFaunusまたはシルバヌスSilvanusと同一視される。
[伊藤照夫]