出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
アメリカの実業家,映画製作者,監督。航空機と女の乳房のマニアックとして知られ,ハリウッドでもっともなぞめいた伝説的人物である。テキサス州ヒューストンに生まれ,カリフォルニア工科大学で学び,18歳のとき父が死亡し,ヒューズ工作機械社を相続して経営の実権を握る。1926年,20歳のときからハリウッドへの投資を始め,ルイス・マイルストン監督《美人国二人行脚》(1927),《犯罪都市》(1931),ハワード・ホークス監督《暗黒街の顔役》(1930)などを製作し,みずからも1年半の歳月と400万ドルを投じた《地獄の天使》(1930)を撮った。空中アクション場面をとり入れた戦争メロドラマの凡作にすぎなかったものの,ジーン・ハーローを〈プラチナ・ブロンドのセックス・アピール〉として売り出し,話題になる。〈ハリウッドのカサノバ〉と呼ばれて次々にハリウッドの女優と浮き名を流すかたわら,会社を航空機製作と電子工学産業の複合体として飛躍発展させ,トランス・ワールド航空(TWA)の創立者の1人となり,また38年にはパイロットとして世界一周早まわり飛行記録をつくって名誉勲章をあたえられるなど,話題の中心人物であった。43年,史上初のエロチックな西部劇《ならず者》を製作,監督し,新人女優ジェーン・ラッセルJane Russell(1921- )を売り出すために特別にあつらえた大胆なデザインのブラジャーと衣装が,映画のプレミア後,ハリウッドの自主検閲の歴史に残る3年に及ぶ紛争を招き,46年にあらためて公開されて,戦後アメリカ男性の〈胸部への執着〉〈乳房狂い〉の一因になったといわれる。48年に,経営難のRKO(アールケーオー)映画の撮影所と劇場チェーンを900万ドルで手にいれて全権を握り,不可解な政策を強行。低コストで良質の作品を世に送ったことで知られる製作部長ドーリ・シャリー以下,会社を支えてきたスタッフを辞任させ,かつてはハリウッドの〈メジャー〉であったRKOを〈不毛地帯〉にし,ジェーン・ラッセルの魅力をさらに〈拡大〉するためにカラー・3D(立体)映画《フランス航路》(1954),シネマスコープ最初の海洋活劇《海底の黄金》(1955)を,さらにもう1人の女優,ジャネット・リーJanet Leigh(1927- )を売り出すためにジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督,ジョン・ウェイン主演による反共映画《ジェット・パイロット》(1950年に完成したが,ヒューズが追加撮影して再編集したため公開は57年になった)などが赤字をかさね,55年にはRKOをゼネラル・テレラジオ社に売却(これによってヒューズは1000万ドルの利益を得たといわれる),映画界とのつながりを絶った。
ヒューズは,46年,自分で設計した空中撮影偵察飛行機のテスト飛行で重傷を負ってから人が変わって世間から〈自己隔離〉をはじめ,1800万ドルの政府融資を取りつけ,5年の歳月を費やして設計建造した大型木造飛行艇が47年に完成したが使いものにならず,その件で上院の調査委員会に証人として出席したのが公に姿を見せた最後であるといわれる。66年11月から世間との関係をまったく絶ち,病的なまでのプライバシーを保持しながらラスベガス,ロンドン,〈税金回避の地〉バハマ諸島,アカプルコなどの一流ホテルのペントハウスを転々とし,1956年に結婚した女優ジーン・ピータース(1971年に離婚)の前にも姿を見せず,〈幻の経営者〉〈なぞの人物〉としてさまざまな事件やスキャンダルに名まえが登場し,64年に映画化されたハロルド・ロビンズの小説《大いなる野望》をはじめヒューズをモデルにした小説や伝記が多数書かれ,とくに71年,ニューヨークの大手出版社をだました無名の作家夫妻のにせ伝記事件まで起きて話題となった。76年4月,アカプルコからヒューストンへ向かう自家用ジェット機のなかで〈なぞの富豪〉が死亡したとき,アメリカのサイモン財務長官は,病院での遺体解剖と指紋によって〈間違いなく〉ヒューズであることを確認したと伝えられる。財務長官の関心は,20億ドルちかい遺産の処理方法と〈ヒューズ帝国〉の資金操作にあり,72年に起きたウォーターゲート事件の発端は,要所要所に政治献金をばらまいたことでも有名なヒューズのニクソン再選委員会への不法献金が暴露されるのを恐れたことである,とも噂された。
執筆者:柏倉 昌美
イギリスの詩人。ヨークシャー地方に生まれ,ケンブリッジ大学卒業後,空軍に2年間入隊。1956年にアメリカの女流詩人シルビア・プラスと結婚,2児をもうけるが,62年別居,翌年彼女は自殺した。詩集《雨の中の鷹》(1957)でデビュー。強烈で異様なイメージによって歌われたその動物世界は,温和な詩風が支配していた当時の詩壇に衝撃を与えた。《ルーパーカス祭》(1960)や《ウォドウォー》(1967)のあと,カラス(クロー)を主人公にして宇宙創造における秩序と混沌のドラマを神話的・幻視的に歌った野心的連作《クロー》(1970)によって,現代イギリス最大の詩人の一人と認められるにいたった。その後も《季節の歌》(1976),《汝ら喜べ》(1977),《洞窟の鳥》(1978)などの力作詩集を発表。演出家ピーター・ブルックのために《セネカのオイディプス》(1968初演),《オルガスト》(1971初演)などの劇作品を書いたり,子どものために絵本《ネス湖のネッシー大あばれ》(1964)を出版するなど,精力的に活動している。84年桂冠詩人に任命された。
執筆者:高橋 康也
規定値以上の過大な電流が流れると溶断して電流を自動的に遮断する装置。電気機器,電子通信機器,配線などを過電流から保護するために用いられる。従来,屋内配線や低圧機器の保護に用いられていたので家庭で取り扱うことも多かったが,最近はブレーカー(配線用遮断器)が使用されるようになったのでこのような機会は減った。
ヒューズの材料としては鉛とスズの合金で代表される低融点金属材料と,タングステンのような高融点金属材料の両者が用いられている。低融点の合金としてセルロー(Sn,Bi,Pb,Cd,In),ウッドメタル(Sn,Bi,Pb,Cd)などがある。
ヒューズの種類は多く,糸状の糸ヒューズ,板状の板ヒューズ,両端に端子をつけたつめ付きヒューズなどがふつう用いられるが,大電流としては銀などを絶縁筒内に納めた筒形ヒューズ,可溶体のまわりに石英粒などの消弧剤を充てんし,電流が上昇しようとすると速やかに溶断して生じたアーク放電の電圧降下によって過電流の上昇を制限する限流ヒューズなどがある。タングステンは融点は高いが精密な加工ができるので,細いタングステン線をガラス円筒に納めたものがミリアンペア程度の微小電流用に用いられる。
執筆者:河野 照哉
オーストラリアの政治家。ロンドン生れ。1884年オーストラリアに移住し,90年の海員スト後,仲仕組合の委員長,1901年労働党の連邦議会議員となった。15年首相となり(在職1915-23),労働党内閣を前任者フィッシャーから引き継いだ。第1次大戦では直接戦場を視察し,リトル・ディッガーLittle Digger(ちびのオーストラリア兵)と愛称された。極端な愛国主義から徴兵制を実現しようと16年,17年の2度にわたり国民投票を行ったが,労働党内の反対もあって敗れた。そこで彼は1回目の国民投票の直後,党を割って国民党を結成した。ベルサイユ講和会議では賠償問題委員会副委員長となり,ドイツ領ニューギニアを自国の委任統治領として獲得した。また日本代表牧野伸顕と白豪主義問題で渡り合った。さらに国際連盟憲章への人種平等条項挿入に反対し,これを葬り去った。
執筆者:越智 道雄
アメリカの黒人詩人,小説家。ミズーリ州出身。その生涯の大部分をニューヨークの黒人居住区ハーレムで過ごした。1920年代の〈ニグロ・ルネサンス〉期に登場して以来,17冊に及ぶ詩集をはじめ,劇作30,短編小説集3,長編小説6,自伝2等々,旺盛な活動を示した。彼の芸術の特質は,ブルースや黒人霊歌などの民俗遺産の本質を,洗練されたモダニスティックな言葉の駆使のなかへ昇華していることであり,民衆の詩人たることが彼の作風の基本であり,またその現実の生き方でもあった。詩《ものういブルース》(1926),短編集《白人たちの流儀》(1934),自伝《大いなる海》(1940)をはじめ彼の作品の大半は十数ヵ国語に翻訳されている。長編小説《笑いなきにあらず》(1930)は20年代黒人文学のある種の決算としての意味をもつ作品である。
執筆者:浜本 武雄
アメリカの政治家,法律家。ニューヨーク出身。弁護士として保険会社の不正調査で名をあげ,1906年共和党からニューヨーク州知事に当選,2期4年間在任。10年,連邦最高裁判所判事に就任。16年,共和党の大統領候補に指名され,最高裁判所を辞して選挙戦に出馬したが,民主党の現職候補ウィルソンに僅差で敗れた。21年,共和党の政権復帰とともに国務長官となり,ハーディング,クーリッジ両大統領の下で25年まで在任した。国務長官としては,ワシントン海軍軍縮会議(1921-22)の成功に指導的役割を果たした。30年に連邦最高裁判所首席判事となり41年まで在任した。
執筆者:有賀 貞
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1862~1948
アメリカの政治家。共和党の有力者。第一次世界大戦後ハーディング政権の国務長官(在任1921~25)となり,1921~22年ワシントン会議を主宰して海軍軍縮条約の締結などで活躍,28年国際司法裁判所判事,30年連邦最高裁長官に就任。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…40年代に迎えた財政的危機はバル・ルートン製作の《キャット・ピープル》(1942),《死体を売る男》(1945),《恐怖の精神病院》(1946)など,この会社の売物の一つである低額予算の〈心理的スリラー〉あるいは恐怖映画と,ヒッチコックの《汚名》(1946)などの成功によって救われた。しかし,48年にハワード・ヒューズが支配権を握ったことが混乱を招き,この後MGMに移って才腕を振るう製作部長ドーリ・シャリーをはじめ,多くの人材が去って製作が停滞。その間にハリウッドの〈赤狩り〉によって,作曲家のハンス・アイスラーら進歩的映画人も次々に去った。…
…過負荷,短絡(ショート)の過電流による過熱で火災などを起こしたりすることを防ぐため,必要な個所に過電流遮断器を設ける。過電流遮断器は,昔はヒューズが主であったが,今日では配線用遮断器(ブレーカー,安全ブレーカーともいう)がふつうである。絶縁低下による漏電により火災や感電が生ずることを防ぐために,水気のある場所などの電気設備の露出された金属部分などには接地(アース)を施し,漏電遮断器を施設する。…
※「ヒューズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...
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