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ピノチェト裁判 ぴのちぇとさいばん

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知恵蔵2015の解説

ピノチェト裁判

1973年にクーデターで政権を握り90年まで軍政を続けたチリのピノチェト将軍は、反政府派の市民を虐殺した責任を問われて英国で逮捕され、チリに帰国後の2001年、誘拐罪と殺人罪で起訴され自宅軟禁された。クーデターのさいの弾圧で約4000人が軍によって虐殺され約1万人が拷問され、4万人以上が政治犯として収容され、約100万人が国外追放や亡命した。このうちピノチェトが起訴されたのは彼が軍幹部に指示して政治犯55人を銃殺させ、19人を行方不明とさせた「死のキャラバン事件」だ。起訴後にピノチェトの健康状態が問われ、裁判が停止されたり再開したりした。05年9月には最高裁がピノチェトの痴呆が進んでいるとして裁判の中止を決定した。一方で同年8月にはピノチェトが海外の秘密口座に巨額の資産を隠していたことが発覚し、脱税の疑いで妻子が逮捕された。06年、ピノチェトの死亡で裁判は終わった。

(伊藤千尋 朝日新聞記者 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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