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ファイサル[1世] Fayṣal b.Ḥusayn

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世界大百科事典 第2版の解説

ファイサル[1世]【Fayṣal b.Ḥusayn】

1885‐1933
イラク国王。在位1921‐33年。ハーシム家フサインの子。ヒジャーズに生まれ,イスタンブールで育ち,1908年メッカに戻る。16年に開始されたアラブ反乱を指揮し,18年ダマスクスに入る。20年アラブシリア国民会議に推されてシリア王国の国王となるが,フランス軍の侵攻により追放される。パリ平和会議に出席してアラブ国家の独立を主張した。イギリス後押しで,21年イラク国王となる。25年憲法を発布,30年イギリス・イラク条約を締結し,32年国際連盟に加盟して,イラク王国の〈独立〉の体裁を整えた。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のファイサル[1世]の言及

【アラビア半島】より

… 24年,ムハンマド・ブン・サウードの孫のトゥルキー(在位1824‐34)は,エジプト軍守備隊からリヤードを奪還し,第2次ワッハーブ王国が再建された。その子ファイサル1世Fayṣal I(在位1834‐38,43‐65)は,一時オスマン帝国によってカイロに幽閉されるが,43年に牢獄を脱出して復位し,半島の中・東部にその支配を広げた。1839年にアデンを占領(1937年直轄植民地)したイギリスは,1835年以降ペルシア湾沿岸とアデン東方の群小首長国と条約を結んで保護下に置いていたが,北部ナジュドのハーイルの族長イブン・ラシードを後援し,91年,第2次ワッハーブ王国はイギリスとオスマン帝国の援助を受けたラシード家によって滅ぼされ,サウード家の一族はクウェートへの亡命を余儀なくされた。…

【シリア】より

… 第1次世界大戦においてオスマン帝国がイギリス,フランスなどの連合国側に敗北,解体して,国民主義,世俗主義,共和制のトルコが生まれると,スルタン・カリフ制はあっさり廃止される。他方,戦時にメッカのシャリーフ,ハーシム家のフサインは,イギリスからオスマン帝国下にあったシリア,アラビア半島におけるアラブ王国独立の約束を取り付け(フサイン=マクマホン書簡),息子のファイサル1世アブド・アッラーフ・ブン・フサインとともにアラブ反乱を開始する。ファイサル1世は連合国軍の一翼としてダマスクスに入城し,1920年シリア王位につく。…

【ヨルダン】より

…1916年6月イスラムの聖都メッカのシャリーフであったハーシム家フサインはオスマン帝国に対抗して〈アラブ反乱〉を起こし,アカバを占領,トランス・ヨルダン,シリアへ向かう足がかりを確保した。18年10月フサインの息子ファイサル1世に率いられたアラブ軍はイギリス軍とともにダマスクスに入城し,シリア(大シリア)は400年にわたるオスマン帝国の支配から解放された。しかしイギリス,フランスはサイクス=ピコ協定によってこの地を二分し,パレスティナはイギリスの,レバノン,シリアはフランスの委任統治領となった。…

※「ファイサル[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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