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フィリピン残留日系人

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

フィリピン残留日系人

日本財団によると、戦争で現地に残されたと記録される日系2世は3545人。うち1199人が日本国籍を希望するが、実現したのは157人のみ。戦争で出生の書類が散逸し、父の身元がわからない人も多い。  ■キルギス はい上がった抑留者、若者の目標 中央アジアの小国キルギスの映像作家、アルスタンベック・サルガルダエフさん(45)は7月、東部のタムガ村で老人たちを取材していた。「日本人の捕虜のことで覚えていることはありませんか」 終戦直後、中国東北部で旧ソ連軍の捕虜となった日本人125人が1946年から2年間、この村に抑留。軍が管理する頑丈な石造りの療養施設を建てた。この事実を伝えようとドキュメンタリー番組の制作を始めた。 2012年に知り合いの国会議員から渡された抑留者に関する資料を読んで涙が出た。「不安におびえながら苦境からはい上がった日本人と、希望を探し求めるキルギスの今の若者が重なった」 キルギスは91年に独立したが、旧ソ連諸国で経済発展が最も遅れている国の一つ。目立った産業も少なく、山がちで資源も乏しい。若者の多くが海外に出稼ぎに出ている。サルガルダエフさんは97年に渡米し、トラック運転手から身を起こして運輸会社を経営した。映画に出演したことがきっかけで、映像を通して若者に夢を与えたいと帰国し、12年に現在の仕事を始めた。 抑留者をトラックで運んだウラジーミル・パルフョーノフさん(87)が番組の取材に応じた。昔の記憶をたどりながら「日本人は本当にまじめだった。彼らは建物だけでなく、実は村の水道管も敷いた。今も使われているほど丈夫だ」と語った。抑留者が帰国する際は見送りに行ったという。 6月には初めて日本を訪れて、抑留者2人からも話を聞いた。取材で見えてきたのは、勤勉で規則を守り、最後はソ連の将校や地元住民と信頼関係を築いた日本人の姿だった。この国民性が経済発展につながったと感じた。 東アジアでは、戦後70年を経ても歴史認識をめぐるあつれきが収まらない。一方、旧ソ連の小さな国で、日本でもほとんど知られていないキルギスの抑留者に光を当て、敵国の将兵の姿から前向きな意義を見いだそうとするサルガルダエフさんの姿が新鮮に映った。 番組を通して伝えたいことがあるという。「キルギスの若者は将来の希望が持てない。でも、日本人のようにあきらめずに頑張れば発展できる。日本は目標の国だから」(タムガ=益満雄一郎)

(2015-08-19 朝日新聞 朝刊 東特集A)

出典 朝日新聞掲載「キーワード」朝日新聞掲載「キーワード」について 情報

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