ブレイ(読み)ぶれい(英語表記)Carla Bley

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブレイ(Carla Bley)
ぶれい
Carla Bley
(1936― )

アメリカの作曲家、ピアノ、オルガン奏者。旧姓ボルグBorg。カリフォルニア州オークランドにドイツ系の血筋を引いて生まれる。教会でオルガンを演奏していた父親の影響で幼児期からピアノ、オルガンに親しみ、正規の音楽教育を受けず5歳で教会のオルガンを演奏。17歳でジャズを志し、ロサンゼルスに出る。1955年ころピアノ奏者のポール・ブレイと知り合い1957年に結婚、このころから作曲に手を染める。
 1964年、新時代のジャズを標榜(ひょうぼう)する先鋭的ミュージシャンたちによって決行された、4日間にわたる連続演奏イベント「ジャズの10月革命」に出演、この運動から生まれたミュージシャンの自主組織「ジャズ・コンポーザーズ・ギルド」に加わる。この組織はジャズを明確に文化活動としてとらえ、商業主義に対して厳格な姿勢を参加ミュージシャンに求めた。しかしギルドは短期間で崩壊し、1964年12月、カーラはこの組織に加わっていた作曲者、トランペット奏者のマイケル・マントラーMichael Mantler(1943― )と、新たにミュージシャンによる緩(ゆる)やかな結合組織「ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ・アソシエーション」(J. C. O. A. )を結成。また、ポールと離婚しマントラーと再婚する。1965年ソプラノ・サックス奏者スティーブ・レイシーSteve Lacy(1934―2004)、マントラーらとクインテットを組んで演奏活動を行い、1966年オランダ、アムステルダムでアルバム『ジャズ・リアリティーズ』を吹き込む。このころから作曲家として頭角を現しはじめ、ビブラホーン奏者ゲーリー・バートンGary Burton(1943― )のアルバム『葬送』(1967~1968)、ベース奏者チャーリー・ヘイデンCharlie Haden(1937―2014)のアルバム『リベレーション・ミュージック・オーケストラ』(1969)に参加し曲を提供。
 1969年から大作『エスカレーター・オーバー・ザ・ヒル』Escalator Over the Hillに取り組み1971年に完成、J. C. O. A. レーベルから3枚組アルバムとして発表、話題をよぶ。この作品はカーラの作曲によるジャズ・オペラで、J. C. O. A. 所属のジャズ・ミュージシャンのほか、ロック歌手、女優も登場する壮大な規模で、内容もジャズ、ロック、フォーク・ミュージック、現代音楽をも包括する意欲的作品である。
 1973年フランスでジャズ大賞を受賞、自己レーベル「WATT」をつくる。1977年、自ら率いるバンドによるアルバム『ヨーロピアン・ツアー1977』European Tour 1977を録音。以後、中規模の編成による「カーラ・ブレイ・バンド」、マントラーと別れた後に結婚したベース奏者スティーブ・スワローSteve Swallow(1940― )とのデュオなど幅広い活動を行う。彼女の音楽は、黒人音楽家であるデューク・エリントン、チャールズ・ミンガスの影響を受けつつも、自らの感性によって彼らの優れた部分を再構成した知的かつオリジナルなもので、白人によるオーケストラル・ジャズの優れた成果を築きあげた。[後藤雅洋]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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