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プレスター・ジョン伝説 プレスタージョンでんせつ

世界大百科事典 第2版の解説

プレスタージョンでんせつ【プレスター・ジョン伝説】

プレスター・ジョンPrester John(ラテン語ではプレスビュテル・ヨハネスPresbyter Johannes)というキリスト教徒が,東方に王国を建てたという中世ヨーロッパに流布した伝説。12世紀にフライジングオットーが著した年代記の1145年の条に,シリアのひとりの主教の報告に基づいて,ネストリウス派キリスト教徒でペルシア,アルメニア以東に大領土をもつこの王が,聖地エルサレム奪回のため西進し,エクバタナ(ハマダーン)を占領したが,目標を達することなく帰還したとあるのが,この伝説の初見である。

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世界大百科事典内のプレスター・ジョン伝説の言及

【エチオピア】より

…たとえば14世紀前半のアムダ・セヨンの治世には,征服によって版図はさらに拡大した。ヨーロッパ人によってエチオピアがプレスター・ジョン(アジア,アフリカ地域に実在すると信じられたキリスト教王)の国に擬せられたのも,この時代およびその前後であった(〈プレスター・ジョン伝説〉参照)。16世紀にはいるとイスラム教徒の勢力が台頭してエチオピアを脅かし,長い戦乱の時代に突入した。…

【十字軍】より

クレルモン会議(1095)で教皇ウルバヌス2世により宣言された第1回十字軍以来,チュニスで敗退した最終回(1270)まで何回かにわたって西欧キリスト教徒の軍団が行った中近東各地への軍事遠征。広義にはイベリア半島,イタリア,地中海の島々などをイスラムの支配下から解放する11世紀後半からの戦いや,公式遠征に数えられていない自発的民衆巡礼団の軍事行動および中近東の十字軍国家を起点とする近隣諸地域への進出行為などの総称とされ,13世紀末以降16世紀にまで続けられたキリスト教諸国民とオスマン帝国を中心とするイスラム諸勢力との戦い(1389年のコソボの戦,1526年のモハーチの戦など)をも十字軍の名でよぶ見方もある。…

【ユートピア】より

…エデンは田園的,エルサレムは都市的楽園であるが,摂理によって支配される現世の全時代の両極外に,このようなユートピアの情景を導入したことは,後世への大きな遺産というべきである。ヨーロッパ中世は,明確な輪郭をもったものとしてはとりあげるべきユートピア像をもたなかったが,あえて例を挙げるとすれば,伝説上のキリスト教国プレスター・ジョンの国(プレスター・ジョン伝説)であろう。これは閉鎖された中世キリスト教世界が東方に想像した理想国であり,聖書にさかのぼる楽園思想を基調としている。…

※「プレスター・ジョン伝説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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